第13号の「随筆遺産発掘」では、中谷宇吉郎の弟で考古学者だった中谷治宇二郎の「海鳴り」を取り上げました。諸事情で遅くなってしまいましたが、本項はその治宇二郎先生に関する新刊本の紹介です。

幻の父を追って表題に掲げてあるのがその書名で、治宇二郎先生のご長女の法安桂子様が昨年末に上梓されました。発行は、法安さんのご子息の史郎さんが運営されている会社で、AN-Design & Writingからになります。つまり、治宇二郎先生から孫子3代による創作となる本です。小説「獨創者の喜び」も収載され、とても素晴らしい本に仕上がっています。

現在、中谷宇吉郎 雪の科学館でも販売しており、ネット書店ではアマゾンでも購入可能です。(その他の書店様でも検討中とのことです。)

ご長女である法安桂子さん自らが筆をとられた本書は、口絵に貴重な写真も収められ、これまでにない視点から治宇二郎先生について語られており、家族の絆を感じさせる箇所が多く見られるのもひときわ印象的です。

詳細は本書を購入していただくとして、概要を知っていただくために目次を下記します。


じめに

第一章 中谷治宇二郎の生涯

一 若き日の治宇二郎
(生地と治宇二郎を巡る人びと/中学生時代/創作「獨創者の喜び」を巡って/中学卒業後の変転)

二 考古学に転向
(東大人類学教室に通う/関東大震災/最初の発掘調査/東大人類学科選科に入学/岩手県小山田村付近の遺跡調査行/陸前沼津貝塚の調査行/杉山寿栄男さんとの資料収集旅行/菅原セツとの結婚/津軽遺跡調査行/三冊の出版に打ち込む)

三 フランス留学
(渡仏の決意/旅の行程/留学生活始まる/マルセル・モースとの出会い/パリでの活動/フランスでの遺跡調査行/岡潔さんとの交流/サンジェルマン・アン・レイの家/森本六爾さんの来訪/岡潔さんの援助/帰国の途につく)

四 由布院の日々
(六つの著作を目指して/病と収入のはざまで/後輩の中学生との交流/伯父巳次郎の急病/最後の著作/治宇二郎逝く)

第二章 治宇二郎亡きあと

一 残された者たち
(小山田から盛岡へ、再び小山田へ/亡き父を小山田に迎える/セツという人/下田家の庭に咲く花々/父親の思い/小山田村での出来事/太平洋戦争始まる/セツ、憲兵隊に連行される)

二 廃墟の中で
(セツ上京する/一つの屋根の下に/暗闇の時代の出来事/セツの遺言/セツ逝く)

第三章 父を訪ねる旅

一 遺品の整理
(治宇二郎の遺品/一本の電話から)

二 フランスの父の足跡
(初めてのフランス/二人が住んだ家/二度目のフランス)

三 父母の残したもの
(由布院の今昔/岡本太郎と縄文の美/宇吉郎・治宇二郎・芙二子に底流するもの/小山田村に残した遺物/『跫音』二号の発見/日仏の架け橋となった留学)

<小説> 獨創者の喜び

中谷治宇二郎略年譜
中谷治宇二郎著作目録(著書・論文・雜記/欧文論文/書評)

引用文献

あとがき


以上の構成でとりわけ目を引くのが第二章と第三章で、治宇二郎先生が亡くなられた後のご家族の戦中戦後の暮らしや、フランスに遺された足跡(中谷コレクション)を訪ねる旅、遺品の整理に関する話はたいへん貴重なものです。殊に、治宇二郎先生の妻セツさんは、本書のキーパーソンと言ってよい存在として多くの場面に登場されます。そして何より、法安さんの父を想う細やかな情愛が、温かい筆致からも伝わってきます。印象に残るシーンを少しだけ紹介します。

父は今どうしているのだろう。時に私は父のことを思った。別府の由布院にいると言われても、一度も行ったことはなく、遙か遠い所にいるのだと思うのみであった。

ある時、「貴女のお父さんは偉い人だよ」と教えてくれる人があった。

「偉い人ってどんな人だろう」と思っていると、その人はしばらく考えた後、

「皆が頭を下げるような人だ」

と言った。父が遺跡を発掘している写真を見せられたが、それは当時村の道普請に来ていた土方(作業員)のようだったので、「偉い人と言うお父さんは、土方の親分のような人なのだ」と想像し、私は学校に行く時親方に会うと深々と頭を下げた。

幼くして別れたため直接の記憶にはない父。その父の遺品の整理を遺言された母。その母の遺志を受け継ぎ、未知の資料を捜し歩いてこられた法安さんの集大成ともいえるものが本書です。治宇二郎先生の甥の中谷健太郎氏(湯布院亀の井別荘顧問)が本書の帯に書かれた評文を読めば、何よりそれが瞭然とします。

芥川龍之介・菊池寛・岡潔・中谷宇吉郎・・・
多くの文士に認められながら日本考古学の黎明期を駆け抜け早世した
天才 中谷治宇二郎とその家族たちの物語

幾星霜を重ねて、“幻の父を追って”こられた法安さんの感懐があとがきに込められていますので、その一部を紹介して本書の案内といたします。

ここに至るまで長い時を経たが、時を経るごとに人知を超えた天の計らいとしか思えぬ出来事が次々に起こり、それらは桁違いに大事な事柄を含んでいた。随分回り道をしてきたが、それも決して無駄なことではなかった。幻でしかなかった父の思いと、最後に託された母の願いとに報いることができたのであれば幸いである。四〇年近く父の遺品に向き合い、記憶にもない父は幻の人ではなくなった。

残された多くの手紙を読むにつけ、父は考古学の道に進んで幸せであったと心から思う。

なお、本書を読む上で参考となる治宇二郎先生の遺稿集と追悼集を挙げておきます。

『考古学研究への旅―パリの手記―』(六興出版)と『考古学研究の道―科学的研究法を求めて―』(渓水社)の二冊になります。

考古学研究への旅―パリの手記考古学研究の道