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寅彦と露伴の「雨の音」

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寅彦と露伴の「雨の音」

如何なる時においても、感覚にとって真なりと思われたものは、即ち真実である。

(ルクレチウス『物の本質について』樋口勝彦訳、岩波文庫より)

マッハのプラグマチズムを代弁するかのようなルクレチウスの言葉ですが、細谷暁夫先生に解説をご執筆いただいた『寺田寅彦『物理学序説』を読む』では、認識論の根本命題ともいえる“感覚”の問題を取り上げています。そこには細谷先生が指摘されているように、「物理学の未開の分野が「時間概念の暗さ」にある」ことを裏返しています。それを象徴しているのが、解説で紹介されている寅彦作品の「雨の音」です。このローマ字短文は青空文庫にはないため、邦字表記と合わせて挙げておきます。

雨の音

 風のない夜(よ)の雨の音を、書斎の机にもたれて、じっと耳をすまして聞いていると、なんとなく心の底まで落ち着いて来る。そして、 何かしら深く考えさせられる。 いろいろな物音に比べて、雨の音には―つの著しい特徴がある。楽器の音(おと)、人の声、電車の音、 大砲の音、 虫の嗚く音(ね)、……このような音については、音の出る源がちゃんと決まった大きさと広がりを持っている。音を出す部分の長さ、広さ、奥行が一秒の間に音の波が空気の中を進む距離に比べて小さく、またはっきり外(ほか)からここまでと限られた範囲の中にまとまっている。従って、その音がどちらの方から聞えるかということにも意味がある。しかるに、雨の音はそうでない。広い面積に落ちるたくさんな雨粒(あめつぶ)が、一(ひと)つ一(びと)ついろいろなものに当たって出る音の集まり重なったものである。音の源をここと指し示すことはできない。音を聞いている人は数の知れない音の出る点の群れに取り囲まれているのである。

 雨の音の特徴はまだそれだけではない。近い所に落ちる雨粒の音に比べて、遠い所のは、音が弱いばかりでなく、その上に時間が遅れて聞えて来る、――聞く人からの距離を音が進むに要する時間だけ遅れる。勿論、一つ一つの雨粒の音はいくらも遠い所へは聞えないだろうが、聞き手から、ほぼ同じ雨粒の数はかなりにたくさんあり、すべての距離のものがみないくらかずつは聞えるから、つまりあの雨の音はどこからどこまでとはっきり限りの知れないかなり広い区域から出るものが、ある物理学的の方則によって組み合わされたものである。それである瞬間に聞いている人の耳に入る音は、その瞬間に落ちた雨の音ではなくて、過ぎ去った過去、、――たとえそれはただほんの短い前であるとはいえ、ともかくも過去の音、、、、を集めたものである。

 これとは別に関係のないようなことであるが、人間のいろいろの経験や、また考えたことなどが、ある時間を隔てて再び意識の中に現われるものだとすると、今の瞬間の自分の意識の中に含まれるものは、過ぎ去った歴史の余響(あとひびき)の複雑な集まりであって、たとえばあの雨の音にいくらか似た性質のものではあるまいか。

(大正九年十二月『ローマ字世界』)

Ame no Oto.

Kaze no nai Yo no Ame no Oto wo, Syosai no Tukue ni motarete, zitto Mimi wo sumasite kiite iruto, nantonaku Kokoro no Soko made otituite kuru; sosite, nani ka sira hukaku kangaesaserareru. Iroirona Monooto ni kurabete, Ame no Oto niwa hitotuno itizirusii Tokutyô ga aru. Gakki no Oto, Hito no Koe, Densya no Oto, Taihô no Oto, Musi no naku Ne,……konoyôna Oto ni tuitewa, Oto no deru Minamoto ga tyanto kimatta Ookisa to Hirogari wo matte iru. Oto wo dasu Bubun no Nagasa, Hirosa, Okuyuki ga 1-byô no aida ni Oto no Nami ga Kûki no naka wo susumu Kyori ni kurabete tiisaku, mata hakkiri hoka kara koko made to kagirareta Han’i no nakani matomatte iru. Sitagatte, sono Oto ga dotira no hôkara kikoeru ka to iu koto nimo Imi ga aru. Sikaruni, Ame no Oto wa sô de nai. Hiroi Menseki ni otiru takusanna Ametubu ga, hitotu-hihotu iroirona Mono ni atatte deru Oto no atumari-kasanatta mono de aru. Oto no Minamoto wo koko to sasisimesu koto wa dekinai. Oto wo kiite iru Hito wa Kazu no sirenai Oto no deru Ten no Mure ni torikakomarete iru no de aru.

Ame no Oto no Tokutyô wa mada sore dake dewa nai: Tikai Tokoro ni otiru Ametubu no Oto ni kurabete, tôi Tokoro no wa, Oto ga yowai bakari de naku, sonoueni Zikan ga okurete kikoete kuru,――Kiku Hito karano Kyori no Sa dakeno Kyori wo Oto ga susumu ni yôsuru Zikan dake okureru. Motiron, hitotu-bitotuno Ametubu no Oto wa ikuramo tôi Tokoro ewa kikoenai darô ga, Kikite kara, hobo onazi Kyori ni otiru Ametubu no Kazu wa kanarini takusan ari, subeteno Kyori no mono ga mina ikuraka dutu wa kikoeru kara, tumari ano Ame no Oto wa doko kara doko made to hakkiri Kagiri no sirenai hiroi Kuiki kara deru mono ga aru buturigakutekino Hôsoku ni yotte kumi-awasareta mono de aru. Sorede aru Syunkan ni kiite iru Hito no Mimi ni hairu Oto wa, sono Syunkan ni otita Ame no Oto dewa nakute, sugisatta Kwako――tatoe sore wa tada honno mizikai mae de aru towa ie, tomokakumo Kwako no Oto wo atumeta mono de aru.

Kore towa betuni Kwankei no nai yôna Koto de aru ga, Ningen no iroirono Keiken ya, mata Kangaeta Koto nado ga, aru Zikan wo hedatete hutatabi Isiki no nakani arawareru mono da to suruto, Ima no Syunkan no zibun no Isiki no nakani hukumareru mono wa, sugisatta Rekisi no Atohibiki no hukuzatuna Atumari de atte, tatoeba ano Ame no Oto ni ikuraka nita Seisitu no Mono dewa arumai ka?

(結びの“Atohibiki”を「余響」としているのは、細川光洋先生が千葉俊二先生と編集された中公文庫『怪異考/化物の進化』から採用しました。通常の邦字起こしでは「後響」ですが、上のほうが寅彦の感覚に合った邦字選択だと思います。)

この作品は短いながらも、身近な自然現象である「雨の音」をたよりに、“過ぎ去った過去の音”と“今の瞬間の自分の意識”を通して、寅彦先生がベルグソン的な純粋継続についてじっくりと考察を進めています。聴感をただならぬ武器にしており、まさに観察力の極みです。

寅彦先生と同じように「雨の音」をモチーフに作品を書いているのが、あの幸田露伴です。露伴先生については、小誌第17号で小松美沙子さんに貴重なエッセイを寄稿いただいていますので是非お読み下さい。ここで紹介したい露伴作品は、大正14年に雑誌『改造』7月号に書かれた「観画談」という小説です。これは青空文庫で読めますのでリンクを貼っておきます()。

この作品の主人公は大器晩成先生と渾名される男で、この晩成先生、“度の過ぎた勉学”のせいか、ある日神経衰弱のような不明の病にかかり、その治療も兼ねて野州・上州から奥州の山地に保養に出かけ、その山中でひどい雨に見舞われたことから訪ねた寺の中で、幽玄ともいえる奇妙な体験を味わいます。

この小説は露伴作品には珍しい言文一致体なのですが、谷崎潤一郎は「露伴氏の創作力が毫も昔日と変らないことを証するに足る傑作で、懐かしくも紅葉と轡(くつわ)を並べた頃の俤であり、全作品を通じても秀れたものゝ一つであらうと思はれる…」と絶賛しています。兎に角ご一読いただきたいのですが、この小説に出てくる「雨の音」の描写が非常に印象的で、作品全体を象徴するものになっています。雨に関する描写だけ挙げてみても、「外にはサアッと雨が降ってゐる」「外はたゞサアッと雨が降ってゐる」「たゞもう雨の音ばかりザアッとして」「雨の音は例の如くザアッとして」と、まるで聴覚だけが異常に敏感になった世界のように感じますが、面白いのは途中で登場する老僧が全く耳が聞こえないことです。そのことが「雨の音」をはじめとする音の世界に投げ込まれた晩成先生を、より対照的に映し出しています。中でも以下のくだりには圧倒されます。

雨は恐ろしく降つて居る。恰も太古から尽未来際(じんみらいざい)まで大きな河の流が流れ通してゐるやうに雨は降り通して居て、自分の生涯の中の或日に雨が降つて居るのでは無くて、常住不断の雨が降り通して居る中に自分の短い生涯が一寸挿はさまれて居るものでゞもあるやうに降つて居る。で、それが又気になつて睡れぬ。鼠が騒いで呉れたり狗(いぬ)が吠えて呉れたりでもしたらば嬉しからうと思ふほど、他には何の音も無い。住持も若僧も居ないやうに静かだ。イヤ全く吾が五官の領する世界には居無いのだ。世界といふ者は広大なものだと日頃は思つて居たが、今は何様だ、世界はたゞ是れ
 ザアッ
といふものに過ぎないと思つたり、又思ひ反して、此のザアッといふのが即ち是れ世界なのだナと思つたりしてゐる中に、自分の生れた時に初めて拳げたオギャア/\の声も他人のぎやつ[変換不可漢字]と云つた一声も、それから自分が書(ほん)を読んだり、他の童子(こども)が書を読んだり、唱歌をしたり、嬉しがつて笑つたり、怒つて怒鳴つたり、キャア/\ガン/\ブン/\グヅ/\シク/\、いろ/\な事をして騒ぎ廻つたりした一切の音声(おんじやう)も、それから馬が鳴き牛が吼(ほ)え、車ががたつき、汽車が轟き、汽船が浪を蹴開く一切の音声も、板の間へ一本の針が落ちた幽かな音も、皆残らず一緒になつて彼のザアッといふ音の中に入つて居るのだナ、といふやうな気がしたりして、そして静かに諦聴(たいちやう)すると分明(ぶんみやう)に其の一ツのザアッといふ音にいろ/\の其等の音が確実に存して居ることを認めて、アヽ然様だつたかナ、なんぞと思ふ中に、何時か知らずザアッといふ音も聞え無くなり、聞く者も性が抜けて、そして眠に落ちた。

音、音、音の深き淵に溺れんばかりだった晩成先生が、終いには聞いているとも聞いていないともない、ある種のあわいの境地に漂って、作品の最後では、壁にかかった一本の軸画に気づき、その画に描かれた“大江に臨んだ富麗の都の一部”の世界に没入します。「唯是れ一瞬の事で前後は無かつた。屋外(そと)は雨の音、ザアッ。」として画の世界から解放される晩成先生。気づけば病は治っていたという、露伴先生らしい摩訶不思議な物語です。(内容構成的には、「雨の音」と同年に書かれた寅彦作品の「病院の夜明けの物音」が近いかもしれません。)

この露伴先生の「観画談」は、寅彦先生の「雨の音」とは一種異なる世界観を描きながらも、“感覚”を通して認識論的問題に迫っています。鋭い点は、感覚をつきつめていくと感覚のない世界と変わりはない、というような、いわばコインの裏表を表現しているような世界観に至っていることです。文学者の鋭敏なる洞察力です。

ここまで来ると、冒頭のルクレチウスの言葉も微妙に違って読めてきます。“感覚”を“知性(理性)”と置き換えるとどうなるでしょう。せっかくなので、ルクレチウスの『物の本質について』も概要を案内しておきます。『序説』と同じく未完のこの本は全部で六巻から成る叙事詩で、

第一巻 物質不滅の法則、宇宙の法則など
第二巻 原素、原子の運動、色、形態など
第三巻 精神、肉体、生死など
第四巻 視覚、聴覚、感覚全般など
第五巻 日月星辰、暦など
第六巻 雷、雨、雲、虹、地震、火山、疫病など

となっており、原文のラテン語は頭韻を使用した古詩体ですが、内容は見事な当時の自然学書として体系立てられています。

このルクレチウスに感化された歴代の物理学者はマクスウェルやケルビン卿をはじめ数多く、寅彦先生の「ルクレチウスと科学」を読めば、細谷先生の解説のとおりその科学的想像力の啓示は計り知れません。実際に影響を受けたド・ブロイもシュレーディンガーも古代思想に立ち戻る必要性を強く訴えています。

シュレーディンガーは『自然とギリシャ人』や『精神と物質』の中で、感覚(アイステーセイス)と知性(ディアノイア)の戦いを登場させたデモクリトスの話を紹介しています。

知性いわく「表面上は色がある、表面上は甘味がある、表面上はにが味がある、しかし実のところ原子と空虚あるのみ」と。これに応酬して感覚いわく「おろかな知性よ、われらからお前の論拠を借りてなお、われらに打ち勝とうと望むのか。お前の勝利は、お前の敗北」と。
(中略)
観察されたことがらは、常に感覚的な性質に依存しているものですから、理論はこのような感覚的性質を説明してくれると安易に考えてしまうのです。しかしながら、理論は決して感覚的性質を説明するものではありません。

(『精神と物質』中村量空訳、工作舎より)

シュレーディンガーは、現代の知的教育はほぼ全てギリシャ人に端を発している、と寅彦先生と同様の指摘をしており、時には古代思想に立ち返る事を勧めています。

総じて、露伴先生の書いた晩成先生の“唯是れ一瞬の事”は、寅彦先生が書いた“過ぎ去った歴史の余響の複雑な集まり”とも解せましょう。「現代物理学には「今」という概念はない」、「「今」は「我」と分かちがたく結びついている」――まことに“真実”とは何でありましょう。

 

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