藤原渦動論と寺田物理学

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藤原渦動論と寺田物理学

今年(2017年)の8月上旬は、台風5号が日本を縦断しました。上陸前後、通過にだいぶ時間のかかったこの台風5号は、太平洋上にあった当初東西に迷走をしていましたが、それは近傍に台風6号があったために藤原効果が働いたのだと、当時の気象ニュースで報道されました。

折しも小誌第7号で、藤原効果の生みの親である藤原咲平氏の随筆を紹介し、細川光洋先生の解説で藤原効果についても触れていただきました。そこで、改めてこの藤原効果について、咲平氏が書かれたいくつかの論考を通して触れてみたいと思います。

まず藤原効果とは、複数の台風間の距離が1000km前後まで近づくと、周辺の気流や気圧が変化し、互いの台風の進路や勢力に影響を及ぼし合うこと、と説明されています。咲平氏が渦動論を論じたものは数多いですが、中でも最も短編である「各種の渦巻に就いて」(『気象と人生』、昭和5年1月、鉄塔書院)の中に、藤原効果の根本と言える渦巻の法則についての興味深い説明がありますので以下に引用します。

…(前文略)エネルギーの散らばるのはすなわち平等の法則であります。ところが生物は一つところに固まってこようとする。木にしてもだんだん成長して大きくなるのは、それだけ集積してくるのであります。すなわち生の現象がそういう物の集積を起こすのであります。ところが渦巻は物理現象であって生物の現象ではないが、その渦巻が集積の力をもっているということに気づいたのであります。しからば何によって集積を起こすかというと、渦巻は原始的できわめて簡単でありますが、選択の能力があってそれによって集積が起こるのであります。選択能力とは何かと申しますと、渦巻には右巻と左巻とありますが、これらの渦巻を二つ並べますと、引力があって、あるところまで近づいてきますが、それ以上は近づかない。強さが同じでありますと、そのまま対(カップル)になって行動いたします。それを無理に近づけすぎると壊れます。一方が大きくて一方が小さいと引力があって、ちょうど太陽の周囲を彗星が運行するように、小さい方が抛物線的の軌道をとって、大きい方の周りを回り、ついに遠ざかります。ある場合には反撥力があるかと思う様子もあります。この種右巻左巻と巻き方を異にしたものすなわち異性の渦巻の間の関係はいわば男女関係のようなものであります。

次に同じ向きに巻いている二つの渦巻はその引力も異性の場合ほどに大きくはなく、その近づくのも非常に遅いが、いくら近づいても害にならず、ついに一緒になって、一つの渦巻きになってしまいます。異性の場合には決してそういうことはできませぬ。引力があっても、一緒になることはできず、ただ勢力が相伯仲する場合に、一対のタブレットを作るにすぎません。しかるに同性の場合には、すなわち同じ向きの渦巻がくると、これを取りこんで、自分が大きくなります。同性が合併すると、必ず大きくなります。しかるに異性であると、あるところまで近づいた後、はね飛ばしてしまいます。渦巻にはすなわちこういう事実があるのであります。

(中略)

(前文略)この選択能力のあるために自分に有利なもののみを取りこんで、颱風のような絶大な勢力を作ることができます。すなわち渦巻は自分の力で大きくなる作用すなわち生の作用をもっております。かような生の法則に当てはまるようなことをいたしますから、自然生物現象に似た種々な性質をあらわすのではないかと思います。

後に咲平氏は、“渦動論的自然観”という大きな視点から、気象以外の現象、例えば地形と地震に対しても、上のような渦巻の法則に基づいた見方を展開しています。

そもそも咲平氏が、この渦巻の法則について着想を得た当時の心情を表現したものが、「科學者の悟り」という、氏が亡くなった昭和25年に書かれた短編中にありますので紹介します。

かつてノルウェーにいた時、渦巻の法則が、橋の上で水面上の渦巻を眺めておつた時に突然胸に浮んだ。嬉しくて、嬉しくて、世界中が光に満ちたような氣がした。故國の父母に大聲で呼びかけたくなつた。あるいは怒鳴つたかも知れない。手の舞い足の踏むところを知らずという状態であつた。

いわばセレンディピティ体験が留学中のノルウェーで咲平氏に起こったわけですが、その背景には、師として生涯を通じ交流してきた寺田寅彦からの影響も看過できません。その理由は、咲平氏自身が師寅彦への追悼文の中で「自分が渦巻の略等間隔割れ目の略等間隔を云うたのも之によれば先生の思想の流れを汲んで居る。」(『思想』寺田寅彦追悼號「寺田先生を悼む」より)といった記述からも理解できます。

寺田寅彦の渦巻研究については、咲平氏の紹介文の中にも、「先生の渦巻の實驗は最初はやはり學生を指導しての實驗であつたが、後航空研究所における寺田研究室の主研究題目となり、流体運動の實驗 columnar vortices の研究、廻轉體で生じた渦巻、等として次ぎ次ぎに出版せられた。」(『気象ノート』「寺田寅彦先生」よりと書かれてあることからも、藤原渦動論の源流を寺田寅彦にみることは明らかです。

上記にある“割れ目”については、以前第4号で取り上げた平田森三氏にバトンが渡されました。寅彦・咲平の師弟関係については、第7号の細川先生の解説もご覧いただくと、いかに咲平氏が師寅彦を意識していたかがよく分かります。また、第7号の川島禎子先生のコラム連載でも、二人の間にかよう信頼感がとても伝わってきます。寅彦日記にも、ある時は風月で因果律の話をし、ある時は病気を見舞い、お経の話をしたり、またある時は夢にまで咲平氏が現れたり、そして咲平氏の留学時は餞別を贈り、帰国時は港まで迎えにいく等々、教え子に心から与する師と、師に心酔する教え子の、二人の師弟愛が光り輝いて記録されています。

まるで“同性の二つの台風”を見るように、師弟が合体した“渦巻”は今も大きく成長を続けているようです。

 

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