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物理と文学と科学史の合奏――窮理サロン協奏曲第1番

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物理と文学と科学史の合奏――窮理サロン協奏曲第1番

「物に感じて動く、故に声に形(あら)わる。」(礼記 樂記)

人間の心はものに感動する。人が集まり、互いに共感をよび心が動くとき、それは声や音になって表にあらわれる。音楽の出発点とは、まさにこの瞬間(とき)をいうのではないか。――

IMG_20180613_1451452018年9月8日(土)に、当ホームページでも案内しておりました「窮理サロン」が、都内四谷のサロンガイヤールにて開かれました。参加者の皆さま、誠にありがとうございました。

本項では、サロンで過ごした閑雅なひとときの様子の概要だけでも、参加できなかった他の読者関係者の方々に報告もかねてお伝えできればと思います。

表題のとおり、このサロン全体が、井元信之先生のピアノ演奏を軸に一つの“協奏曲”のような趣を呈して幕を閉じました。その雰囲気が少しでも伝われば幸いです。(井元先生の演奏動画はしばしお待ちください。)

サロンは、参加者にお配りした栞の演奏曲順に従ってほぼ進行されましたので、ここでもその流れに大体は合わせて、井元先生と各先生方のトーク解説も通して案内していきたいと思います。また、演奏された曲は、サプライズ曲を除いて、トークの先生方のリクエストやご専門などに合わせて選曲されました。

まず、サロン第1曲目は、ショパンのプレリュード作品28第15番の「雨だれ」から始まりました。

これは「随筆遺産発掘」連載の細川光洋先生からのリクエスト。第8回で取り上げた吉田洋一の教え子でもあった文学者の堀辰雄は、生前ショパンを愛聴しており、とくにこの24の前奏曲に合わせて小説「菜穂子」を書いたことなどを解説して頂きました。

数学が得意でもともと理系的なセンスもあった堀辰雄は、数字に対してのこだわりが強かったと言います。そのことは、ショパンの24の前奏曲に対して、「菜穂子」を24章の構成にし、各章をショパンの各曲にあてはめながら書いたと思われる節があるとのこと。

中でも有名な場面である“氷室”のシーンで、主人公と明が雨止みを待ちながら雨だれの音を聞き、訥々と会話をする描写が非常に印象的であることから、この第15番がリクエストされました。

井元先生の解説では、ショパンがバッハの「24の前奏曲とフーガ」を意識してこの作品を書き、「雨だれ」というタイトルについても言及していることは間違いないとのことです。愛人ジョルジュ・サンドと滞在したマジョルカ島で完成させた作品であり、本当に雨がしとしとと降っている様子をモチーフにして創作されています。

とくに曲展開として、最初は変ニ長調で始まり、同じ音の嬰ハ短調に最後は戻っていくが、その真ん中の暗い印象の部分での移り変わりの所で、ショパンが非常に逡巡している様子が感じとられます。

井元先生もそんな様子を意識して弾いてくださいました。(ちなみに、ショパンは表題音楽は一曲も作曲しておらず、絶対音楽(ソナタ第○番といった名称の曲)のみだったと言います。)

次の第2曲目は、寺田寅彦とのコラボレーション企画。

寅彦がチャイコフスキーの「秋の歌」(とくにヴァイオリニストのジンバリスト演奏によるもの)をもとに同じ表題で書いた短小説を、細川先生の解説と朗読に合わせてピアノ演奏されました。

ロシアの風物詩を描く全12曲からなるチャイコフスキーのピアノ曲集『四季』のうち、「秋の歌」は10月(第10曲目)のもの。10月といっても旧暦になります。細川先生が朗読してくださったトルストイ伯の原詩を以下に認めておきます。

わたしたちの小さな庭から
秋が黄金色の飾りを奪った
そして木の葉はゆっくりと
林の中を風にはためいてゆく
(中略)
言葉なく君の手をとり 暖め
瞳をのぞき 涙をながす
君を愛す けれど その言葉を知らない

(前半は細川先生訳/後半は清水邦生訳『世界名詩集大成12ロシア』より)

ペンネームに冬彦とつけるほど、寅彦にとって冬は縁の深いものでした。寅彦自身、11月に生まれ12月に亡くなっていますが、師の漱石も12月に亡くなっています。とりわけ秋は特別な季節で、最初の妻の夏子が亡くなったのが11月15日で、二番目の妻の寛子は10月19日に亡くなっており、ともに秋というのもこの作品に強い印象を与えています。

寅彦の作品には、ロシアのソプラノ歌手マリアナ・ミハイロウナが登場しますが、マリアナと二人、森の中を彷徨しながら行き交わせる想いは、「秋の歌」のヴァイオリンの絃の高い音(E)と低い音(G)の反響として描写されます。

「あかあかとつれない秋の日」と作中にあるのは芭蕉の句「あかあかと日はつれなくも秋の風」をもとにしており、寅彦の実感が込められています。亡き妻たちの追憶を重ねた寅彦の思いは、「永久に魂に喰い入る、淋しい淋しいあきらめの涙」という一節に結実して、物語が締め括られます。

朗々とした声と旋律で細川先生が作品を読み上げた後、井元先生による演奏が静かに続きました。

「気がつくと、曲は終っている。」と寅彦が結びに添えているように、しっとりとした読後感と演奏の余韻がサロンの空間を包んでいました。(と、余情たっぷりに書きたいところなのですが、建物の思わぬハプニングがあり、演奏の終盤だけ静謐には閉じられませんでした。参加者の皆さまには誠に申し訳ありませんでした。後ほどオーナーさんから謝罪がありました。)

しかし、この寅彦作品とのコラボレーションは、改めて文学と音楽の関わりの深さを実感させるものでした。せっかくなので、寅彦作品に登場する音楽作品も、気がつく範囲でまとめておきます。

・「春寒(大正10年1月『渋柿』)→メンデルスゾーン「春の歌」

・「秋の歌(大正11年9月『渋柿』)→チャイコフスキー「秋の歌」

「夏」(「備忘録昭和2年9月『思想』)、「デパートの夏の午後」(昭和4年8月『東京朝日新聞』)、ある幻想曲の序」(大正12年8月『明星』)→ドビュッシー「牧神の午後への前奏曲」

「線香花火」(備忘録昭和6年11月『大阪朝日新聞』)→チャイコフスキー「パセティックシンフォニー交響曲第6「悲愴」」

・「柿の種(大正12年1月『渋柿』)→ロッシーニ「スターバトマーテル」

・「三毛の墓(昭和3年2月『渋柿』)→楽譜あり

・「ラジオ雑感」(昭和8年4月、日本放送協会『調査時報』)→バッハのト短調(チェンバロ・コンチェルト)

・「踊る線条(昭和9年1月『東京朝日新聞』)→モーツァルト「ニ長調メヌエット」、ブラームス「ウンガリシェ・タンツ」、デューカー「魔術師の徒弟」

・「田園雑感5」(大正10年7月『中央公論』)→虫送りの太鼓や鐘の音を表す楽譜あり

・「田丸先生の追憶(昭和7年12月『理学部会誌』)→シューベルト「シュテントヒェン/リンデンバウム/ドッペルゲンガー/エルケーニヒ/ライエルマン/Am Meer/Im dorfe」

「雅楽」(「雑記1」大正12年1月『中央公論』)→雅楽の会で聴いた曲

さて、続いてサロン第3曲目は、バッハの平均律クラヴィーア曲集から「前奏曲変ホ短調」。

これは、細谷暁夫先生の著書『量子コンピュータの基礎』にその楽譜の一部が掲載されていたことから、井元先生もその動機を知りたくて細谷先生に話を伺いました。

細谷先生のお話では、昔、日立製作所の基礎研究所で開催されていた量子力学の基礎に関する研究会(通称ISQM)に参加されていたとき、そこで初めて量子計算機の話を聴いたことがきっかけとなって、この本を書くことにつながったと言います。この量子コンピュータのテキストには、量子回路の話がでてくるため、それがある意味で楽譜みたいなところがあるので掲載されたとのことでした。

さらに、このバッハの前奏曲変ホ短調を巡っては、物理学者のフリーマン・ダイソンとエドワード・テラーの逸話も背景にあったため、そのこともそれとなく含ませていたところ、井元先生には勘づかれてしまいました・・・と苦笑いされていました。

このダイソンとテラーの逸話については、ダイソンの著書『宇宙をかき乱すべきか』(鎮目恭夫訳)に「前奏曲変ホ短調」と題した章があるので、詳細はそちらを是非お読みください。ここではその概要だけ述べておきます。

音楽家の家庭に生まれたダイソンは幼少の頃、楽譜の複雑さに興味をおぼえ、父親の持っていたバッハの「平均律ピアノのための48の前奏曲とフーガ」の楽譜を見つけ出しては、シャープとフラットの配列などを研究したと言います。バッハのこの楽譜には、長調と短調が二度ずつ出てくるのに、変ホ短調は一度しか出てこないことにダイソンは疑問をもっていました。

後年、マンハッタン計画でオッペンハイマーに敵対する証言をし、多くの同僚の友情を失ったテラーが、ある夏の日、ダイソンの家にパーティの招待をしに来ました。あいにく留守だったダイソンの家は、部屋が開け放たれたままになっていました。その部屋に置いてあった立派なピアノを見たテラーは、思わず鍵盤に手をつけてしまいます。テラーが一心に弾いていたところへダイソン一家が家に戻ると、ダイソンはどこか懐かしい音の響きに心を奪われます。その曲こそ、ダイソンが幼い頃に疑問を感じていた、バッハの前奏曲変ホ短調だったのでした。

見事な演奏に聴き惚れ、完全に曲が終わってからダイソンは部屋に入り、テラーと6年ぶりの再会をします。ダイソンはそのときこう断定しました。

「歴史がこの男にどんな判決を下そうと、私には彼を敵とみなすべき理由は何もない」と。

このような背景があるバッハの前奏曲変ホ短調には、オッペンハイマーやテラーが歴史に裁かれたように、十字架を背負ってキリストが歩いていくような受難曲のアリアを思わせる趣があります。井元先生は、キリストがゆっくりゆっくり歩いていくように、遅めにこの曲を弾くのが好きだとおっしゃっていました。

バッハの曲は、ダイソンが幼少の頃に魅入ったように、象徴や数秘術的な隠喩が楽譜に込められていると言われます。例えば、シャープ記号(♯)は十字架を、フラット記号(♭)は涙を象徴させており、そういった視点で上の逸話を読み、前奏曲変ホ短調を聴くと、また違った味わい方もできるかと思います。

そして、この後に第4曲目の同じくバッハの「半音階的幻想曲とフーガニ短調」の演奏が続きました。

和音を弾いて一音ずつ消していくと音が鳴っているように聞こえるという錯覚の話を、井元先生の連載「音楽談話室」の第6回で解説していただきました(実演動画はこちら)。それを実際の演奏中に取り入れやすい曲として、このバッハの曲が選ばれました。オルガン的な分散和音で弾く箇所が多い曲のため、この錯覚の効果をよく味わえます。

音楽家のハインリヒ・ベッセラーは、この半音階的幻想曲を「個人的音楽体験」とよび、バッハの和声進行の独創性を強調しています。井元先生の栞の解説にも、「幻想曲は目まぐるしく動くトッカータに始まり、レシタティーヴォ(受難曲の語り部の吟遊のような部分)を経て、劇的な集結を迎える。」とありますが、5度圏のすべてを通過して開始調に戻る、という快挙に、この曲の傑出している点があると言われます。

この曲の演奏の後、錯覚の効果の関連話題として、連載第7回で紹介されたジャズのアーマド・ジャマルの「飾りのついた四輪馬車」の触りを少しだけ実演してくださいました。消音錯聴の効果をうまく取り入れて、聴衆参加型の音楽を創始した人こそショパンである、という話も。ショパンの曲を通しての実演解説は今後の宿題とのことでした。楽しみですね。

さて、ここまでで時間は約一時間が経過したところで、今度は少し調子を変えて長調の曲に。

第5曲目はシューベルトの「鱒」を、五重奏曲の前になる歌曲で、井元先生の奥様(りえ先生)の歌も入っての演奏となりました。

この「鱒」という曲は、量子力学の泰斗であるハイゼンベルクが来日したときに演奏したものとしても知られており、科学史連載の伊藤憲二先生のリクエスト曲でもありました。

 

ここで、伊藤先生から興味深い科学史的な話をいくつか紹介していただきました。とくに、ハイゼンベルクとピアノの関係について、ハイゼンベルクの行列力学の発想の背景には、音楽的な考えが基になっているのではないかとの指摘は、非常に頷けるものがあります。

また、ハイゼンベルクとの交流があった日本人として、仁科芳雄と朝永振一郎を挙げ、二人のやりとりした手紙の話や朝永の「滞独日記」の話は大変感動するものでした。

そして、その余韻をとどめながら聴いた井元先生御夫妻の「鱒」も格別でした。

サロンも中盤にさしかかり、明るい爽快な気分に包まれて、次なる第6曲目のショパン「バラード第1番」へと進行は移ります。この曲も伊藤先生からのリクエスト。フィギュアスケートの羽生結弦さんのショートプログラムでもよく知られた曲です。この曲は、後に演奏される予定曲の伏線ともなるものでした。

ここは、井元先生の栞の名解説を添えておきます。

叙事詩を意味するバラードというと、日本のものとしては平家物語を私は想起する。洋の東西にかかわらず吟遊詩人がいたのである。バラードを吟遊詩人でなく言葉を発しないピアノという器楽にさせることを思い付いたのはショパンが初めてで、以後リストを初め追随者が続く。この第1番も物語を導く「祇園精舎の・・・」のような前奏に始まり、叙事に適したソナタ形式を自由に変形した構成をとる。4曲あるショパンのバラードは、明るい第3番を除き悲劇的である。この第1番はそれが最も色濃く表れ、随所に発するため息や悲嘆の叫びが、中間主題や第二主題がもたらす希望や歓喜を続かせまいとする。ポーランドを発ってから聞かされたワルシャワ陥落の悲劇とともに芸術の都パリに20才で単身乗り込んだショパンが、1835年、25才にして満を持して世に問うた傑作である。

サロンは最大の盛り上がりを見せ、クライマックスに達した井元先生の演奏もいよいよ終盤に及びます。ショパン「バラード第1番」を伏線とする第7曲目は、シューマンの「クライスレリアーナ作品16の第1曲」。

バラード第1番をシューマンに絶賛されたショパンは、バラード第2番をシューマンに献呈し、それに返礼する形でシューマンからこの曲がショパンに献呈されました。

そして何よりこの曲は、井元先生から「本読み えんたんぐる」連載の尾関章先生へ贈られた曲でもあります。

“ジャーナリスト狂騒曲”のようなものをリクエストしていた尾関先生に、井元先生は、「これはジャーナリストのように息つく暇もない狂騒的な曲だが、よく見ると右手の和声進行と半拍ずれて左手が低声和音を刻んでいて(速い曲なので違和感はないが)随所に和音が合わない面白さがある。デスクと現場記者のタイミングが合わない様子にも聞こえる。」と解説をつけて演奏されました。

井元先生の実演解説を通してもよくわかりましたが、この曲はゆっくり和音を奏でていくと何とも気持ちの悪い不調和を感じますが、楽譜のとおりの速さで聴くと不思議なほどまとまった印象になる曲です。

演奏が終わって、尾関先生から「新聞社時代に戻ったような気分です。」との感想がこぼれ、満座にドッと笑いがはじけました。

こうして迎えたプログラム最後の曲は、井元先生がフィナーレに添えたいと言われた、ショパンの「エチュード作品25の第1番」。

「波動性と粒子性を備えたクァンタムミュージック」として聴いてほしい曲とのこと。その真意は、シューマンの評文を読めば一読して諒解できるかと思います。

むしろ詩である。小さな音が一つ一つはっきりと聞こえると考えたら間違いで、変イの和音の滔々たる波が耳を打ち、ここかしこでペダルが踏まれるたびに、高い波頭が打ち揚げるといった風に思われた。その和声を貫いて、大きな驚嘆すべき旋律が聞こえ、中声部ではその主要主題の歌とならんで、テノールが一度和音の波の中からあざやかに浮かび上がってきた。

粒子のような波のような、まさに量子力学を彷彿させる漸層的な曲展開を経て、清々しい気分で演奏が終わりました。

ショパンの吸い込まれるような圧倒的な躍動感。そこに、神韻ともいえる幕切れの情緒が織り交ざり、冒頭に述べたとおり、場内が一つの協奏曲のような雰囲気に包まれ、サロンはそこで一度区切られました。

 

そこから、参加者の皆さんの質疑応答の時間に入り、そこで、H先生から面白い質問が上がりました。

それは最後のショパンの曲とも関係するもので、光は波動性と粒子性をもつという二重性(デュアリティ)の性質が量子力学では教えられるが、実際に実験をしてみると、粒子性については理解しがたい部分があるとのこと。

細谷先生からも、そのように指摘されている方もいる、とのお話が・・・。プランクも光量子と最初は言っていたが、その後のペーパーで古典のままでよいというような発言もしているとか。井元先生は、「アルファ線とかベータ線ときくと粒子という感じがしますが、光ときくとやはり先に波動性があって、感覚的には粒子性はうすいがゼロではないと思う」とおっしゃっていました。

このことについて個人的に思い浮んだことは、ゲーテの色彩論でした。ニュートンは、光が粒子から成り、固有の屈折率をもつ白色光であると考えましたが、ゲーテは、ギリシア哲学に則り、光は人間の精神と同じく至高のエネルギーであり、分析も定量化もできないと考えていました。ゲーテはそれどころか、ニュートンの粒子論の中に、新しく始まる機械論的な匂いを嗅ぎつけています。こうしたゲーテの色彩論を再評価していたのが、他ならぬハイゼンベルクであったことも注目すべきことかと思います。

話はさらに質疑が飛び出し、細川先生から出された問いに、ピアノ派とヴァイオリン派の違いについての質問がありました。それは言い換えると、作音できる楽器とそうでない楽器の違いにつながるもので、連続的な音と不連続的な音の違い、先の話に戻れば、粒子のような音と波のような音の違いにもつながるのではないか・・・。細川先生は、寅彦が最初の頃に研究した尺八のゆらぎの分析も、平均化されない音の研究に結びつくものだと指摘されています。

寅彦やアインシュタインがヴァイオリン派ならば、ハイゼンベルクやプランクはピアノ派。文学の世界では、小林秀雄がヴァイオリン派で、堀辰雄がピアノ派。では、ヴァイオリン派とピアノ派は相性が悪いかというとそうではなく、作音楽器の最たるものは歌である、と井元先生はおっしゃいます。その歌と鍵盤楽器であるピアノは決して悪い相性ではないと。

ということで最後に、奥様の歌と井元先生のピアノの共演で、サロンの完全な幕が降ろされました。

曲は、ドボルザークの「我が母の教え給いし歌」。ジプシーの女性が歌う歌で、情緒豊かな母を思い出させるような歌でした。

この歌が終わり、井元先生から最後の一言。「粒子派も波動派も円満に過ごせます!」。

さて、次なる窮理サロン協奏曲第2番はあるのか・・・。皆さまからのご要望があれば、また考えてみたいと思います。

ありがとうございました。

 

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