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生命と科学と宗教の問題―寅彦・咲平・宇吉郎に見られるもの

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生命と科学と宗教の問題―寅彦・咲平・宇吉郎に見られるもの

第7号で取り上げたお天気博士 藤原咲平の論考の中には、大正8年11月に郷土誌『信州』で発表した「産霊(うぶすな)」という特別な原稿があります。これは、没年まで藤原咲平が考え続けた思想的原点とも言えるもので、生命現象と宗教(とくに仏教)と物理学との関わりについて論じた短編でした。藤原咲平が生前、仏教哲学にとりわけ深く入り込み、仏教に影響されるところが多かったことは、この備忘録ではまだ紹介しておりませんでしたので、この「産霊」論考を起点に関連話題を取り上げてみたいと思います。

咲平は仏教哲学と物理法則の間にいくつか共通点を見出していました。そのことに言及している部分を、上の「産霊」からまず抜粋しておきます。

前に僕は仏教の真如平等寂滅の原理は、物理学の不滅原理及び熱学第二法則と極めて一致したものである事を論じた。(高師理学会または夏期大学講演)即ち世の種々相、換言すれば各現象は総て寂滅を求めて進んで居る。是れは換言すれば平等を求めて変化して居る事である。此寂滅は世を蓋(おほ)ふ大法則であるが、是れと矛盾せず、而も此法則の成り立つと同時に生と云ふ事の成り立つのに、不思議を抱いて居つた。而して生を支配する法則が、物理学的にも、必ず存在して、尚是れが発見せられないのではないかと考へた。

咲平は人生と生命と宇宙の成り立ちに不思議を抱く少年でした。そのことについて、「私の人生観」(昭和21年10月)という随筆の中で触れています。

中学の二三年ぐらいごろには変なことを不思議と思いました。もちろん今日でもなお不思議には相違ないが、どういうことかというに、自分というものです。いかにも変なものだ。客観的にはもちろんきわめて平凡な一般的の存在に過ぎませんが、主観的には実に不可思議きわまるものである。この藤原咲平の身体なり精神なりが、だれかほかの人の身体や精神であってもよさそうだのに、撰りにも択って自分のもの、ただこの唯一無二の自分というものの所有であるということが実に不思議でならなかった。

そうして咲平は人生の意義について考え、「若い時にはこの問題を相当に深刻に考えました。」と語っています。哲学や宗教など様々な形而上学に触れていく中で仏教と出会い、その哲理に深い影響を受け、とくに「私は般若心経には教えられました。」と振り返りつつ、それ以上に増して「私を導いたのは物理学の原理でした。」と言います。

こうした幼少の頃からの思想遍歴の中に、天文気象を人間世界の有為転変に重ね見る藤原咲平ならではの魅力と人柄が滲み出ており、第7号に掲載した随筆「自然研究の樂しみ」の背景を窺わせるものを感じます。

中でも、細川先生の解説中で紹介いただいた短歌「静的に不安定でも動的に均衡維持す茲が生き物」という、生物の動的平衡を詠んだものを裏づける論考が、上の「産霊」稿にありますので重ねて紹介します。

次に死又は寂滅は、常に現象が安定を求めて、変ずると云ふ事と同意義と考へられる。然らばその逆なる生は、常に根本的に不安定のものでなければならない。即ち不安定なるが故に、如何なる変化も、常に安定の方に向ふて進む。之れ即ち死の方に進む事である。併し生には常に此死の作用に反対して、自ら不安定を持続し、又は助長し得る能を持つて居る。此作用が最も重要なる作用と思ふ。此不安定を助長する作用が、矢張り死の現象の一面であるか、或は又死と対立する別現象であるかは、まだ自分には見極めが付かない。

此不安定を助長すると云ふのは、簡単に云へば、蓄積を起す事である。例へばポテンシヤル・エネルギーは自分丈けでは少なくなる傾向しか持たないが、生の現象では此ポテンシヤル・エネルギー、又は類似のエネルギー又は物質の蓄積を起すのである。純物理的現象の中には、此様なものは先づないか、只一つ共鳴の現象が此性質を持つて居るかと思ふ。

動的平衡論に加えて共鳴現象との関連を指摘している点は、現在からみても非常に興味深いものだと思います。蓄積を起こす性質については、備忘録の“藤原渦動論”の項でも触れました。咲平の、生と死の両面を見据えた生命観は、同じ「産霊」稿中で、

兎も角僕の生と云ふのは死に対する生で、又寂滅に対する生育である。斯く考へれば生物学者の云ふ生よりも、自ら広い意味のものとなる。故に決して原形質にのみ附属した狭義の生のみを、論ずるものではない。

と書いている点からもはっきり理解できます。この観点と似たような形で生命について語っているのが、同じ寅彦門下の一人である中谷宇吉郎です。宇吉郎の随筆「露伴先生と神仙道」(昭和25年12月)では、昭和22年の夏に亡くなった幸田露伴が、その死の二日前に「じゃ、おれはもう死んじゃうよ」と言った言葉を通して、生と死をめぐる宇吉郎の宗教観や生命観が展開されています。宇吉郎はまず死の問題について考えます。

死というのは、自意識の喪失である。この自意識の本体自身は、永久に分からないものであろう。それは原形質の生命とはちがったものである。現代の科学が明らかにし得るものは、人体を構成している細胞の死だけである。しかしそれだけでも明らかになれば、宗教の問題が大分はっきりしてくる。例えば永生とか輪廻とかいうことは、細胞の衝動という意味、即ち五慾の慾求という意味では、あり得ないことになる。そういう意味では人間の死は文字通り絶対であって、死んでしまえば何もかも無くなるのである。即ち死にとっては全宇宙が無である。全宇宙が無になるような問題に対しては、人間のあらゆる学は、全然無力である。そこに宗教、もっとはっきりいえば、広い意味での宗教というものが登場してくる余地がある。

そうして、露伴の生死観について、露伴が生前書いたいくつかの関連随筆から探っていきます。とくに、『魔法修行者』(昭和3年4月)の引用や要約を通して、日本の神仙道(妖術・幻術など)の紹介もしつつ、露伴翁の末期に言い放った言葉「じゃ、おれはもう死んじゃうよ」の本質に迫っています。宇吉郎は、「神仙道を不老長寿の道と考えるのは、卑俗な心の人たちだけの話である。」と喝破して、露伴がその極意に達し、真髄をつかんでいた点を強調しています。さらに、

しかし現代人がこういう説明に深入りして一歩誤ると、浅薄な科学論即ち機械論に陥るおそれがある。あらゆる奇験を単なる幻像としてしりぞけ、生命を顕微鏡下における原形質の生命だけに限る傾向に陥りやすい。神仙道修業の成就は、単なる自己催眠や、麻睡薬による幻想とは違うのではなかろうか。

と指摘している点などは、上の咲平の論と共通点があるようにも思います。そして最後に、「人間の認識には限界がある」というニールス・ボーアの相補性原理を挙げながら、物質科学と生命現象の間の相補的関係について触れて結んでいます。

生物学の進歩と有機化学の発達とが、進めば進むほど、細胞の生命や原形質の性質についての知識が深められる。その点には間違いがない。しかしそういう知識(傍点)が深くなるほど、生命現象そのものの認識がぼやけてくることがあっても、少しも不思議ではない。生命は現代の科学的思考と相補的な関係にある頭の働き、即ち感得する術によってのみ、我々の認識の中に入ってくるものであっても、ちっとも差しつかえない。それは科学と抵触することにはならない。

この辺りの展開は、咲平にはない宇吉郎ならではのものだと思います。面白いことに、咲平と宇吉郎の師である寅彦は、こうしたテーマについてどんな言及をしているかといえば、

「私は生命の物質的説明という事からほんとうの宗教もほんとうの芸術も生まれて来なければならないような気がする。ほんとうの神秘を見つけるにはあらゆる贋物を破棄しなくてはならないという気がする。」

(「春六題(五)」結びより)

「ついでに原子個々にそれぞれ生命を付与する事によって科学の根本に横たわる生命と物質の二元をひとまとめにする事はできないものだろうか。」

(「備忘録 金米糖」結びより)

と、二人と似て非なる寅彦ならではの生命観も見てとれます。一方で、以前の備忘録で紹介した寅彦の「割れ目と生命」の研究などは、咲平の渦動論に繋がる思想の流れをもつものですし、宇吉郎自らが紹介した「墨流しの研究」とも結びつくテーマです。

師の研究や思想を受け継ぎながらも、それぞれの生命観・宗教観を、咲平も宇吉郎も独自に確立していったことは大変興味深いことであると思います。今回の問題自体は、非常に深遠なテーマであるだけに、今後も機会をとらえて取り上げてみたいと考えています。

 

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