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第4回「ショパンの青年時代」の音源と補足事項

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第4回「ショパンの青年時代」の音源と補足事項

・ショパン7歳のときのポロネーズ ト短調(全曲を井元先生が弾いた音源)→ 第4号p.37上段参照

 

・上のポロネーズ ト短調の中から半音下降旋律を抜粋(第23~26小節を井元先生が弾いた音源)→ 第4号p.37上段参照 

7歳にして既に素人離れした、早熟の天才ショパンの直接証拠

 

・エルスナーのポロネーズ ヘ短調(嬰ト短調に移調して、最初の7小節分を井元先生が弾いた音源)→ 第4号p.38上段参照 

 

・ショパン14歳(他説では11歳)のときのポロネーズ嬰ト短調(最初の14小節分を井元先生が弾いた音源)→ 第4号p.37上段参照

上のエルスナーのものと聴き較べると、当時のポーランド作曲界の最高権威の影響を受けつつも、それよりずっと進んだ、大人びた作曲を14歳にしてショパンはしていたことがわかる

 

・ショパン20歳のときのピアノ協奏曲第2番ヘ短調(第2楽章第45~54小節を井元先生が弾いた音源)→ 第4号p.39上段参照

 

・モシェレス26歳のときのピアノ協奏曲第3番ト短調(第2楽章第48~55小節を井元先生が弾いた音源)→ 第4号p.39上段参照

いずれも弦楽器合奏のさざ波のようなトレモロにピアノのオクターブのパッセージを乗せる技法で作曲されているのを、井元先生がピアノソロに編曲したもので、上のショパンの部分がモシェレスのこの部分の影響を受けていることがわかる

 

 

文献等の補足

・「七才のショパンはポロネーズト短調と同変ロ長調を作曲した」ことについて、当時の限定出版楽譜には八才とあるが、一般には七才とされる。(第4号p.36下段左から2行目参照

・「ショパンが19才から20才にかけて作曲したピアノ協奏曲第二番作品11と第一番作品21」については、作曲順と出版順が逆になっていて、その事情も面白い。(第4号p.38下段右から6行目参照

・「ショパンがやりとりした膨大な手紙」について、ショパンの手紙の邦訳に関しては、かつて定番の書物があり、それは我が国で重要な役割を果たした大作であったが、ポーランド語から英語に訳されたものをさらに日本語に訳したものであった。元になったスィドフのポーランド本(1955)も今からすると問題皆無というわけではない。近年(2012)三人の邦人訳者がポーランド語から直接訳した書物は、原著(2009)の注釈の詳しさと考証の学術性において今のところ最高と目される。まだショパンのポーランド時代の分しか出ていないが。(第4号p.41上段右から1行目参照

 

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