本日は寅彦忌ですが、新刊の『寺田寅彦「藤の実」を読む』の発行日でもありますので、表紙まわりや各目次内容の簡単な紹介など幾つか補足しておきます。

【カバーについて】

カバーに掲載している図は、1933年に理研彙報に発表された寺田寅彦・平田森三・内ヶ崎直郎の共著論文“On the Mechanism of Spontaneous Expulsion of Wistaria Seeds”からのものです。この論文の平田先生による一般向け解説は付録に掲載しています(後述)。

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【表紙について】

表紙には、『物理学序説』と同様に、寅彦先生の共著論文下書き草稿(自筆英文)を載せています。論文の推敲がうかがわれます。カバー掲載図の一部のラフ画が描かれているのも分かります。この草稿の高知県立文学館所蔵の写真は口絵に掲載しています。

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【扉裏について】

扉裏には、寅彦先生のローマ字詩文「六月の晴」(ROKUGWATU NO HARE)から、藤棚の藤の実が登場する第一節を掲載しました。

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【口絵】

口絵には、高知県立文学館所蔵の寅彦メモ、および上記の共著英論文の草稿や図版の写真、工藤洋先生の解説写真カラー版、そして山田功先生らによる藤の実の射出の記録写真を収載しています。本書の記念に先日、山田先生から藤の実と爆ぜた莢などをお分け頂きましたので写真を参考に。

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【「藤の実」注釈について】

「藤の実」原文には注釈をつけておりますが、その中で補足しておきたい項目を下記しておきます。ちなみに原文が最初に掲載された雑誌『鐵塔』はこちらになります。

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【清水堂の銀杏】

随筆の中で、寅彦先生が京大のN博士と一斉落葉に遭遇した上野の清水観音堂の大銀杏の木は今も残っており、本書注釈で紹介していますがカラー版をこちらに挙げておきます。近くには西郷さんの銅像もあり、大銀杏の木の下にはベンチが2つあります。

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【三隣亡】

「藤の実」に出てくる「三隣亡」は十二支では「寅・午・亥」と関係します。本書注釈で、三女 雪子氏が怪我をした日は大雪(二十四節気)で三隣亡と明記していますが、更に付け加えますとこの日は、12月(子の月)ということで寅の日でもありました。ちなみに2022年1月1日(元日)は寅の日で、節はまだ12月に入るため三隣亡です。

【暦について】

本書ではやや脱線してしまうので詳細は触れませんでしたが、寅彦先生の「自由画稿 六 干支の効用には、人間の生理現象や気候の変化との関係を干支と絡めて考察を展開しています。興味のある方はぜひ読んでみて下さい。

以下、各解説の簡単な内容紹介です。

【「寺田寅彦の「藤の実」を読む」 山田功】

ご著書(下記写真)の「藤の実」解説部分を本書用に改訂して頂きました。特に、藤の実の射出実験の記録写真を口絵で紹介しています。本随筆の背景を一つ一つ段落を追いながら、当時の寺田邸の図面や寅彦論文のグラフ、メモ等と合わせて解説しています。

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【「「藤の実」によせて:偶然と必然のはざま」 松下貢】

本随筆の重要テーマである、偶然と必然のはざまをめぐる「事象の間欠性」について主に解説して頂きました。ご自身の研究論文からの例も紹介しています。関連する現象も含めて、現代科学の立場から詳しく議論していきます。

【「植物生態学からみた「藤の実」」 工藤洋】

植物学の立場から、フジ、ツバキ、イチョウのそれぞれの生態を詳しく解説して頂きました。それぞれの同調現象の背後にある、本随筆の重要テーマの「潮時」について写真も交えて、現時点で分かっていることと未解明のことを議論していきます。

【「寺田寅彦「藤の実」に見る自然観」 川島禎子】

寅彦先生が晩年まで盛んに取り組んでいた俳諧連句の観点から本随筆の解説をして頂きました。特に俳句の季題の視点から本随筆を読み込んでいくと、興味深い背景が浮かび上がってきます。連句的手法を通して「潮時」を捉えた寺田寅彦の自然観に迫ります。

以上、各先生方の解説がより充実して理解できるよう、付録では、平田森三先生の「藤の莢」の初出原文をはじめ、寅彦作品「破片 十三」や「鎖骨」、寅彦先生の手記とスケッチによる「雪子の日記」も収載しています。

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平田森三先生「藤の莢」が編集・収載された『キリンのまだら』はこちら。

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【「雪子の日記」】

寅彦先生が三女 雪子氏になり変わり、怪我による入院期間中を日記形式に記録したものですが、この期間は寅彦先生が藤の実の爆発に遭遇し、随筆「藤の実」を書いていた時期と重なっています。そのため、その背景がわかるよう注釈も入れておきました。ちなみに、寺田家で藤の実がはぜた13日と前日の12日など、当時の天気もこの日記から分かります。山田功先生の解説にある天気図と参照してみて下さい。更にこの日記からは、名品「鎖骨」や「病院風景」が生まれた背景も垣間見られます。

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【「鎖骨」】

本随筆は一見「藤の実」と無関係のように見えますが、同時期に書かれたものという意味でも、注釈や「雪子の日記」にあるとおり背景を共有しています。寅彦先生の生前の著書『蒸発皿』には、「藤の実」→「鎖骨」という順番で二つ並んで収載されています。この随筆の中に出てくる「天然のものは何を見ても実に巧妙に出来ている」「平凡すぎる程平凡な事実の中に、実に驚嘆すべき造化の妙機のあることに今迄少しも心づかないで居た」といった言葉は、まさに「藤の実」にも底流するものです。

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注釈にも説明しておりますが、この『蒸発皿』の目次にある「銀座アルプス」や「火事教育」も、「藤の実」や「鎖骨」と同時期に書かれたものですので、この機会に合わせてぜひ読んでみてください。その背景には、昭和7年12月16日に日本橋白木屋で起きた日本初のビル火災も関係しています。

以上、最小限の補足を挙げましたが、まずはじっくりとご一読いただけましたら幸いです。関連する話や藤の実の射出実験についても、今後、備忘録などで案内できればと思います。

では皆様、良いお年をお迎えください。来年もどうぞよろしくお願い致します。

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寅 彦 忌 「藤の実」 を 読 む 潮 時 ぞ