本日は『窮理』第21号の発売日です。
すでに書店様や購読者の皆様には届いていらっしゃるかと思います。
新年度に入り、もう大型連休初日ですが、今号もどうぞよろしくお願い致します。
以下、いつものように各記事の概要を案内いたします。
「自然界の縞模様」に光を当てる 川上紳一
巻頭の川上先生には、寺田寅彦作品「自然界の縞模様」と繋がる「縞々学」の研究を紹介いただきました。寅彦作品との出会いから全地球史解読へと進んだ背景について、世界の代表的な岩石や地層の写真と合わせて解説。生物進化、天体衝突といった地球環境の変動は、分野の垣根を越えて研究されています。縞模様は地球史の謎を解く鍵。まさに「骨董品が学会の中心問題になる」最たる例です。
単純化とバランス―自然科学と人文科学 千葉俊二
千葉先生には、「単純化とバランス」という人文科学の研究でも重要となるキーワードについて、昨年のノーベル物理学賞テーマを通して考えた論考を綴って頂きました。『物語の法則』と『物語のモラル』を書かれている千葉先生にとって、複雑系研究の進展は相即不離の話題。本稿は物理研究と文学研究の交差点ともいえる話です。
(千葉先生の文学史観についても備忘録で取り上げていますのでご参考までに)
私の宝物(前編) 亀淵 迪
小誌では準連載的にご寄稿いただいている亀淵先生の今回のエッセイは宝物がテーマです。前編では、湯川先生とボーア先生から頂いた宝物について。湯川先生については、同号の伊藤先生の連載とも繋がる話です。戦中戦後、そして湯川先生の葬儀でも配られた物が深く関係します。一方、ボーア先生からの宝物は、ニールス・ボーア研究所に2年間滞在されていた亀淵先生の青春のシンボルでもあります。両先生の存在は、亀淵先生の研究者としての姿勢や在り方を形作る上で大きな影響を与えたようです。貴重な追想エッセイです。
滑稽窮理 臍の西国―明治初頭の啓蒙書ブームと増山守正 真貝寿明
以前、第4号でも重力波についてご執筆いただいた真貝先生には、今回は趣向を変えたトピックで、明治初頭の窮理学ブームの頃の一風変わった出版物をご紹介いただきました。『滑稽窮理 臍の西国』の書名どおり窮理ネタを仕込んだ落語本です。著者の増山守正とはどんな人物か、どんな落語話が出てくるかは本稿をぜひ。当時の有名な窮理学書も出てきます。
「間違いではないが、正しくはない」論理 岡本秀穂
名著『複合化の世界』(裳華房)で知られる岡本先生には、そのエッセンスの一つともいえる話題をご執筆いただきました。物事をみる視点の在り方(トリバ)をはじめ、最適複合化とも関係する「部分と全体」の問題や、「相関と因果」の関係、計測での適切な値について等々、社会問題にも重なるテーマで奥が深い話です。様々な分野のヒントになり得る話題だと思います。
音楽談話室(二十一)―聴覚の謎 井元信之
井元先生の音楽談話室は前回に続く認識論的なトピックで、音律をめぐる聴覚の謎について。今回は、現代の12平均律に至る歴史をたどる始めとして、ピタゴラス音律と純正律の違いを周波数を元に解説。その中で、音律の敵ともいえるウナリの矛盾がなぜ生じるのか等にも触れ、更にそれが人間の聴覚の不思議とも重なります。調律の世界の奥深さを感じます。
仁科芳雄と日独青年物理学者たち(五)―湯川秀樹の渡欧(後編) 伊藤憲二
伊藤先生の仁科連載は今回が最終回。前回に続く湯川先生の昭和14年の初渡欧が舞台です。神戸港から靖国丸で旅立ち、イタリアから上陸。現地から仁科先生へ手紙を書いている雰囲気は、まるで漱石宛寅彦書簡のような印象です。ドイツに着いてからの朝永先生との接触や突発的な帰国劇は本稿をぜひ。当時の欧州にいた別の日本人研究者の様子も同時進行的に描かれています。特に、帰国に際し、米国に立ち寄った湯川先生と、そのまま帰国した朝永先生との違いも注目の出来事です。また、湯川先生にとって仁科先生の存在がどれだけ大きかったかを示す文章がありますので、補足として紹介します。
仁科先生その人に私は引かれたのである。人見知りの激しい私も、仁科先生にだけは、何でも言いやすかった。自分の生みの父親の中にさえも見出すことのできなかった「慈父」の姿を、仁科先生の中に認めたのかも知れない。
私の孤独な心、閉ざされた心は、仁科先生によってほぐれ始めたのであった。(『旅人』「転機」より)
随筆遺産発掘(二十一)―「稻むらの火」の教方に就て(抄) 今村明恒(解説:細川光洋)
「随筆遺産発掘」は、今回は地震予知で知られる今村明恒の津浪教育に関する話を取り上げました。戦前に国語教科書にも採用された、小泉八雲原話の「稲むらの火」(ラフカディオ・ハーン「生き神様」の一部)の物語を通して、今村が伝え遺そうとした防災教育を考えます。東日本大震災から十年以上たった今、改めて考えねばならない問題です。
本読み えんたんぐる(十七)―宇宙は〈いま・ここ〉、夢やロマンじゃない 尾関 章
本読みえんたんぐる第17回は「宇宙」がテーマ。なぜ括弧書きの宇宙かは本稿をぜひ。昨年話題になった日米英実業家たちの「宇宙」体験を引き合いに、関連する2冊がエンタングルされます。そもそも「宇宙」というロマンには、人間存在についての現実的な問題が立ちはだかっています。1年前に亡くなられた立花隆氏の話が興を添えます。
窮理逍遙(十四)―息の長い量子語り手のハートル 佐藤文隆
「窮理逍遙」は、ホーキング・ハートルの「宇宙の波動関数」で知られるジェイムス・ハートルについて。京都での国際会議のときの交流や、ハートルの奥さんも関係するこぼれ話も。量子力学の基礎問題に関して先見の明があったハートルのyoutubeも多くあるようです。
窮理の種(二十)―松島の月 川島禎子
「窮理の種」は、寅彦先生が初めて仙台にいる小宮豊隆氏を訪ねた旅の句をめぐって。当時、連句も盛んに興行していた寅彦先生。暑い夏の一時、松島の月をみて、芭蕉翁を思いながら句作に励む姿が目に浮かびます。