本日は『窮理』第22号の発売日です。

すでに購読者の皆様や各書店様には届いていらっしゃるかと思います。

今号もどうぞよろしくお願い致します。

以下、いつものように各記事の概要を案内いたします。


ニールス・ボーア研究所にて 金子邦彦

巻頭の金子邦彦先生には、新天地のニールス・ボーア研究所(コペンハーゲン)から研究テーマである「普遍生物学」についてそのエッセンスを解説いただきました。「普遍生物学」は小松左京のSF長編『継ぐのは誰か?』に登場する研究分野の名称。本稿での、部分と全体をめぐる相補性の話は圧巻です。

ちなみに、この小説で「普遍生物学」が出てくるのは計4回。文明を継ぐのは誰か?という深いテーマで、小松左京らしい予見性に満ちた展開が描かれています。まさに文学の本質は予言です。金子先生のご著書と合わせて是非ご一読を。

朝永振一郎・ゲーテ・「科学にひそむ原罪」 小沼通二

小沼通二先生には、朝永振一郎先生が晩年に唱えた「科学原罪論」までのプロセスを解説いただきました。特にパグウォッシュ会議へと結実した核軍縮構想とゲーテの『ファウスト』の引用が赫々としています。学術会議問題や、同号の政池明先生の話とも関係しており、科学者のモラルを問う教訓談です。

朝永先生が訳された「史劇『ファウスト』中性子誕生の前夜」は、ボーア原子模型50年記念で配られた読物で、登場人物を物理学者に置き換えて、短く再構成されたユニークな作品です。これについては別途紹介できればと思います。朝永先生のファウスト好きが伝わってきます。

私の宝物(後編) 亀淵 迪

亀淵迪先生のエッセイは前回に続く後編。前編で紹介された2つの宝物(湯川秀樹先生色紙とボーア先生サイン本)に加えて今回登場した宝物は、バートランド・ラッセルの記念本とバイロイト祝祭劇場の座席椅子で、どちらも当地に行かねば入手困難な貴重な物です。これら前後二編まとめた4つの宝(至宝)の行く先については本稿をご一読ください。

ハイゼンベルクの核開発 政池 明

政池明先生のエッセイは、小沼先生とも通じる話題で、ハイゼンベルクの核開発問題について。本稿では、開発を進め未完に終わった原子炉についての精査が、長年の史料に基づいて検証されます。プルトニウムへと関心を進めなかった事や、不完全な原子炉設計などの疑問点も含め、政池先生が試みた計算結果など、演劇の題材にもなった当問題の背景に迫ります。

本稿で文献に挙がっているマイケル・フレイン原作の演劇『コペンハーゲン』は、2016年に日本人俳優陣によっても上演され耳目を集めました。当時の演劇案内はこちら

コーヒーカップの物理学 中西 秀

今年は寺田寅彦「茶碗の湯」百年の節目。本稿はそれにちなんで中西秀先生にコーヒーカップの物理学を解説いただきました。紹介して頂いたのは、コーヒーを入れる時の水面を転がる水滴現象と、コーヒーの上にできる白い膜について。後者は「茶碗の湯」にも登場する話ですが、現代ではどこまで研究が進んでいるか、動画サイトも案内しながら解説しています。

ご参考に、本稿で挙げられているコーヒーの水面を転がる水滴現象の動画をあげておきます。ご興味のある方は本稿を是非ご一読ください。

音楽談話室(二十二)バッハの弟子 井元信之

井元信之先生の「音楽談話室」は、前回の音律に続く話です。現代で主流となっている12平均律へと至る過程で最初に出現したピタゴラス音律にはウルフ(乱れた和音)が存在するため、それを解消すべく登場したのがウナリのない純正律。ここまでは前回でしたが、今回はモーツァルトも好んだという中全音律と、バッハの弟子が発明したウェル・テンペラメントの導入の背景を解説いただきました。本稿を通して、作曲家ごとに適した調律がある事が理解できると思います。

一世紀前の日本の物理学とアインシュタイン来日(一) 伊藤憲二

伊藤憲二先生には、今冬がアインシュタイン来日百年ということで、新たに小連載をご執筆いただきます。第1回目の今回は、アインシュタインの来日が当時の日本社会や物理学会にどれだけの衝撃を与えたかを、何名かの物理学者たちの体験や史料に基づいて紹介いただきました。日本の物理教育や科学ジャーリズムの大きな転換点となった百年前の出来事に注目です。

随筆遺産発掘(二十二)父子天文夜話の一節(抄) 関口鯉吉(解説:細川光洋)

「随筆遺産発掘」は、知られざる天文・気象学者 関口鯉吉を取り上げました。詳細は細川光洋先生の解説をお読み頂きたいのですが、ヒントをあげるならば今号で取り上げた朝永振一郎先生と深く関係します。原文は太陽フレアと磁気嵐がテーマですが、半世紀以上前に分かっていた事と現代で分かっている事を比べながらお読み頂くと、より興味が深まるかと思います。これらの背景に仄見えてくる寅彦先生の関わりも重要です。

本読み えんたんぐる(十八)メルケルとファインマンの知恵比べ 尾関 章

「本読みえんたんぐる」は、疑問と対話こそ科学の基本であることを教えてくれる2冊が、尾関先生の最近の論考と合わせて紹介されます。1冊目は元ドイツ首相のメルケルさんに学ぶ原子力問題。2冊目はファインマン先生に学ぶ事故調査検証。両者の共通点は問題への知恵の発揮ですが、違いは知恵の使い方にある点に注目ください。

窮理逍遙(十五)いつもかっこいいターナー 佐藤文隆

佐藤文隆先生の「窮理逍遙」は、素粒子宇宙論で知られるマイケル・ターナーが主人公。ターナーは、以前第6回で紹介したデビッド・シュラムの億ションで登場していますが、今回は米国や旧ソ連で交流した思い出話が語られます。ダークエネルギーの命名者であるターナーの小粋さが輝きます。

窮理の種(二十一)秋三界を蔵すもの 川島禎子

「窮理の種」は、寅彦先生が昭和6年に『渋柿』で書いた随想で知られる「秋三界」の句を紹介いただきました。弟子の中谷宇吉郎先生も関係する、寺田物理学の粋を表現した名句。身近な小さな現象が地球規模の大きな自然へと広がるアナロジーはその真骨頂です。現在、高知県立文学館で開催中の川島先生企画による「茶わんの湯100年 ふしぎいろいろ展」の展示イベントも本稿と関係していますので、ぜひ足をお運びください。窮理舎刊行書籍『科学絵本 茶わんの湯』の特典もございます()。