本日は『窮理』第25号の発売日です。

以下、いつものように各記事の概要を案内いたします。


窮理考―ファウスト寸劇余話/亀淵 迪

巻頭の亀淵迪先生の「窮理考」はお亡くなりになる4日前にご寄稿いただいた絶筆です。創刊以来8回にもわたり玉稿を頂いてきた最後のお言葉には、新連載のU30企画へのメッセージも含まれています。
本稿は亀淵先生が滞在されていたニールス・ボーア研究所で慣例となっていた寸劇の中の「ファウスト寸劇」とそれにまつわる日本への余波について。現代においてこのようなコペンハーゲン精神は果たして機能するのだろうか…。“よく学びよく遊んだ”亀淵先生のご意志を小誌は受け継いでまいります!

リアリティ―一九四九年の日本文学・物理学/島田一平

島田一平先生のエッセイは、表題のとおり「リアリティ」をめぐる日本での文学と物理学の不思議な共鳴現象について取り上げられています。特に1949年に書かれた朝永振一郎の『光子の裁判』と中村光夫の『中間小説』に共通して見られる事象を軸に、同時期に書かれた坂口安吾の『不連続殺人事件』が更に一石を投じます(文学のリアリズムと量子的実在の同期)。波と粒子の実在性は、『不連続殺人事件』の犯人にも重なります…。そして中村光夫と或る物理学者の知られざる関係も明らかに!ミステリー好きには読んで頂きたい圧巻のエッセイです。

ロゲルギストの卓越性を授業で再現するための工夫/内田麻理香

内田麻理香先生には、東大駒場で担当されている「科学エッセイを書く授業」で取り入れているロゲルギスト方式の放談効果について解説していただきました。実際の授業で得られた成果も東大のサイトに纏まっているのでご参照を。放談が「芸」としてのエッセイに結びつく学術的要素や思考法(論理学など)にも着目しています。新連載「科学随筆U30」のガイドとしてもお読みください。

宣長・秀雄・秀樹―主観と客観とをめぐって/今野真二

今野真二先生には、次号にわたって主観と客観をめぐる科学と文学に共通する認識論的テーマを論じていただきました。今号は、本居宣長の『うひ山ぶみ』を切り口に前言語的な問題について、小林秀雄と湯川秀樹の対談を通して考えていきます。今回の話はとくに論理と感性の捉え方が要です。

アクティブマター物理学による経典的信条からの脱却/西口大貴

34歳の気鋭の物理学者 西口大貴先生には、近年注目されている「アクティブマター物理学」について紹介いただきました。寺田寅彦の「物質群として見た動物群」を手始めに、群れに潜む普遍法則を探る当研究がいかに発展してきたか、基礎となる物理やモデルを通してその魅力が語られます。かつて寺田寅彦が夢みた物理の発想から生物を理解する時代を予感させる研究です。以下の動画は西口先生が出演した有名なヨビノリさんのYouTube番組です。

学術誌ヒストリー(一)『東京物理学校雑誌』を受け継ぐ/大石和江

新連載「学術誌ヒストリー」の第1回は東京理科大学の歴史も象徴する『東京物理学校雑誌』について、当学なるほど科学体験館副館長の大石和江先生に、1891年創刊から1944年休刊までの変遷を紹介いただきました。日本の科学雑誌としても古い歴史をもつ当雑誌には、多くの第一線の研究者も寄稿しており、本稿では桑木彧雄の記事も紹介。帝大仏語物理学科を出た初代校長 寺尾壽の“創刊のことば”は、理科大の現在にも受け継がれています。

音楽談話室(二十五)春の琴始め/井元信之

井元信之先生の「音楽談話室」は、「春の琴始め」の表題どおり“琴”と名のつく楽器の話。私たちが知る身近な楽器も結構あるので驚きます。本稿ではそれらの楽器を琴としての3つの特徴から分類し、どの楽器が琴らしいか、もしくは全くそうでないかを論じるというユニークな比較論です。

仁科芳雄をめぐる旅(一)里庄浜中とその周辺(前編)/伊藤憲二

伊藤憲二先生の新連載は、昨年から話題の仁科芳雄の評伝『励起』の旅歩き編です。初回と次回は仁科先生の故郷、岡山県里庄町浜中とその周辺をめぐる縁の地の訪問記。今回は仁科会館を筆頭に、生家や墓所など仁科先生を育んだ思い出深い場所を写真とともに案内します。

科学随筆U30(一)ワイヤロープの振動と林業/すぎおとひつじ

待望の20代以下の理工系の方々による新連載「科学随筆U30」の第1回は、すぎおとひつじ氏の「ワイヤロープの振動と林業」。表題どおり森林工学を支える物理学に触れた詩的情趣あふれるエッセイです。高知県の山林で氏が体験してきたワイヤロープの力学と林業、そしてその地に至る旅のそれぞれ時間感覚を軽快なリズムの筆致と共に味わってください。投稿随時募集中)!

窮理逍遙(十八)バロージャ一家の亡命/佐藤文隆

佐藤文隆先生の「窮理逍遙」は、ランダウ・リフシッツの『場の古典論』で重力場のBKL特異点でも知られるベリンスキーとその家族との思い出の記。京大滞在時代やローマでの再会をめぐる交流には、ベリンスキーとの因縁がつきまといます。

窮理の種(二十四)猫の足痕/川島禎子

川島禎子先生の「窮理の種」は、寅彦先生が昭和5年に『渋柿』に寄稿した「無題(八十一)」に付された猫の恋句を紹介。同随筆では、三毛の子ボウヤの怪我が問題にされますが、その背景に見え隠れする寺田家の猫たちをめぐる様々なドラマが感じられます。