科学随想の歴史を伝承し、文理の壁を取り払う

対談:物理学と文学の対話――文学談義

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対談:物理学と文学の対話――文学談義

――昨年末、小社より刊行された細谷暁夫先生の新著『寺田寅彦『物理学序説』を読む』では、文学者の千葉俊二先生との対談記事(物理学と文学の対話―『物理学序説』をめぐって)が収載されました。本稿では、その番外編ともいえる両先生の文学談義を掲載します。

細谷:全くの別件になりますが、先生は最近、谷崎潤一郎に関する本を書かれましたね。私は猫好きを自認するものですが、谷崎の「猫と庄造と二人のをんな」を読んだ時に、猫の動態をよく見ているなあと感心しました。それに比べると、漱石の猫は全くネコらしさがなく漱石の観察眼を疑いすらしました。先生はどう思われますか? ちなみに物理の譬え話には「シュレーディンガーの猫」など、ネコはよく出てきますがイヌはまず出てきません(笑)。

千葉:ネコといえば、寅彦にも「子猫」「鼠と猫」「猫の死」などのネコに関するすぐれた文章がありますね。今回、谷崎潤一郎の全集を編集して、創作メモをはじめて収録したのですけれど、谷崎はそこに寅彦のネコに関する随筆もしっかりと押さえていることには驚かされました。谷崎はネコを美しい女性を見るように観察しており、寅彦は興味深い自然現象を記録するようにネコの姿態を見ていますね。これに対して漱石の「猫」は、この時期の漱石の精神的状況を反映して自意識の塊のようなネコですね。
 漱石は「吾輩は猫である」を執筆していたとき、ちょうど大学では『文学論』『文学評論』を講義していたわけです。文学といった本来割り切れないものを科学的方法をもってねじ伏せようとしていたわけですから、神経衰弱にならざるをえませんね。「吾輩は猫である」の「二」に、吾輩が餅を食べるという滑稽な場面があります。どうしても割り切れず、「噛んでも噛んでも、三で十を割る如く尽未来際方のつく期はあるまいと思はれた」と記されています。
 「吾輩は猫である」という一文を書き記したとき、漱石は本来は割り切れない世界を言葉をもって思い切って割り切ったのだと思います。この書き出しの一文によって「吾輩」と「吾輩」にあらざるものを、「猫」と「猫」ならざるものを截然と割り切って、その間に一線を引いたのだと思います。ちょうど空白の紙に、あるいは何もない大地に一本線を引くようなことに似ていると思います。

細谷:漱石は「吾輩は猫である」を書き始める前は、イギリスに留学していましたよね。私は、英文学の中でもエミリー・ブロンテの「嵐が丘」が好きで、原文と映画(ローレンス・オリヴィエ主演)で楽しみ、ハーワースの三姉妹が肩を寄せ合って住んでいた陰鬱な教会を訪ね、ヒースの荒れ野も歩きました。漱石は18世紀英文学のどの作家を専門にしていたのでしょうか、お教えいただければ幸いです。私のお気に入りのSwift作「奴婢訓」について何か書いていませんか?

千葉:漱石の『文学評論』の第四編はSwift論となっていますが、おもに「桶物語」と「ガリヴァー旅行記」を扱っており、残念ながら「奴婢訓」についてはちょっと言及があるだけですね。またどうしたわけか、エミリー・ブロンテの「嵐が丘」についての言及は漱石にはほとんどありません。
 これに関連して漱石の小説観について述べますと、小説の構成には一貫した統一ということが必要で、そのためには描かれる部分と部分とが有機的に、必然な合理性によって関連づけられなければならない、と漱石は書いています。
 ホワイトヘッドは『科学と近代社会』のなかで、「19世紀の最大の発明は、発明法の発明であった」といっています。それは「もろもろの科学的着想と最後の産物との間に間隙を埋めにかかる方法の発見」で、つまり発明品の完成した最終形態から発想し、次に一歩一歩道を引き返して出発点までさかのぼり、そこに生じる困難を次から次へと克服してゆくことで最終生産物へ達するというものです。こうした方法は原因と結果が論理的に結びついた古典力学の決定的世界観にもとづいたものであり、また19世紀的な近代小説の発想法ともかさなります。

細谷:ホワイトヘッドの『科学と近代社会』は読んでいないのでお答えしにくいのですが、ホワイトヘッドと物理屋は相性が悪いようでして、「ご冗談でしょうファインマンさん」の中に、ホワイトヘッドたちとの討論で直接的にホワイトヘッドを揶揄する章があります。それを読んだ限りでは、彼の哲学の中に無理やり「科学」を組み込もうとして、科学の実態からだいぶズレているように思います。
 千葉先生がおっしゃった「19世紀的な近代小説」とは、いわゆる自然派でしょうか? 同じ19世紀のシャーロット・ブロンテの「ジェーン・エア」の筋書きは偶然の繰り返しで、意地悪く見ると「ご都合主義」的です。
 また、近代小説の発想法について物理の思考実験という観点からみると、安部公房の小説「砂の女」「幽霊はここにいる」は思考実験的で、ストーリーの結末を書く前から入念に用意している書き方だと思います。三島由紀夫の小品「命売ります」も出だしは思考実験的ですが、ストーリーが途中から破綻しているように思えます。

千葉:19世紀の小説の中心になったのはリアリズムの文学だったといってよいと思います。小説という文学形態が誕生して以降、次第に形式が洗練されて写実的な作品がその中心となっていきます。それはちょうど絵画においてルネサンス以降、遠近法による透視画法が中心になったのと同じように、この現実をいかに忠実に再現するかということが大きな問題となります。絵画における写実手法がクールベを頂点として、やがて印象派から、遠近法を超脱するような抽象絵画に移行していったように、小説の世界もリアリズムはフローベルの『ボヴァリー夫人』を頂点として、やがてその手法は解体してゆき、やがてジョイスやプルースト等の意識の流れを描くように移行し、行き着くところはアンチロマンという小説本来のもっとも重要な要素であるところの物語そのものを解体するところまでいたります。第一次世界大戦以降(日本では関東大震災後)、ダダイズムやシュールレアリスムなどが登場し、20世紀の後半に向かって、音楽も美術も文学も、すべて偶然を利用する方向へ向かいます。
 科学がつねに新たな発見をめざして発展するように、芸術もつねに前の時代の芸術を超克しながら新たな美的表現を獲得しようとつとめています。『万葉集』には素朴な人間的な感情の流露を歌ったものが多いのですが、『古今集』ではそれが技巧を凝らされた美意識が優先されることになり、やがては『新古今集』のように、現実からは遊離したかたちの技巧的な抽象美を歌ったものが多くなります。たとえばその典型を、藤原定家の「見わたせば花も紅葉もなかりけり裏の苫屋の秋の夕暮れ」に見ることができると思います。眼前にはない「花」や「紅葉」に言及することでその美を喚起しながら、現実には寂寥そのものの侘しい光景を詠むような、まさに技巧のまさった歌になっていきます。
 遠近法による透視画法は、画面に描かれるすべてのものは、ひとつの消失点によって整序づけられて、数学的な計算によって割り出されていきます。リアリズムによる小説もそれと同じように、作者によって設定された主題なりテーマなりをもっとも効果的に描き出すために、さまざまな伏線を張り、いろいろなエピソードをそれに適応するように的確に配置しなければなりません。我が国の近代小説は二葉亭四迷の『浮雲』にはじまりますが、これは西洋のリアリズム小説の影響のもとに書かれた模写小説です。その後、西洋文学の影響を受けてさまざまな流派が形成されて、意識の流れを描いた作品や、戦後にはアンチロマンといったものも書かれました。が、技巧的な近代文学の手法を駆使しながら、きわめて抽象的で概念的な美をテーマにしたような作品を多く遺した三島由紀夫の死によって、ひとつの時代が終わったと私は思っています。
 ストーリーと筋書きという観点からみますと、村上春樹の作品はそうした近代小説の本流からは、よほど変わった作り方がなされています。代表作の『ねじまき鳥クロニクス』や『1Q84』が、1巻と2巻が刊行されて一応完結と思われていたものが、しばらく後にその続きが書かれたりするように、いわゆる近代小説のように完結ということがない小説の書き方がなされています。したがって結末から発想するということはなく、村上春樹自身、いろいろなところで語っているように、結末を考えることなく、ドンドン書いていくという方法で書いていきます。自分の識域下に降りていきながら、湧き上がるイメージを次々に紡いでゆくとそこに自ずから物語が展開されていくのだと語っています。その意味では近代のリアリズム小説とはまったく違った方法で創作されているようですが、そのために村上春樹の作品は、作品を展開してゆくための伏線をはじめのところにたくさん設けておきながら、結局、それらが回収されないままに終わってしまうということが多いようです。そのため作品に多くの謎を残すことになり、村上春樹のファンはその謎解きを楽しむことにもなります。
 また、村上春樹は『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』をはじめほとんどの作品にパラレルワールドを描いておりますが、それが量子論の多世界解釈とかかわりがあるのか、私には量子論の世界がほとんど理解できないので何ともいえません。エヴェレットの多世界解釈が現在書かれる多くのSFとかかわっているとも一般に言われますが、あるいは関係があるのかも知れませんし、ないのかも知れません。細谷先生のご意見を聞かせてください。
 パラレルワールドといえば、先の定家の歌も、「花」と「紅葉」の存在が当然のように前提となったひとつの世界があり、そこに「花」も「紅葉」もない現実の世界が二重写しになっています。そうした意味ではパラレルワールドも昔から私たちの意識のなかに潜んでいるものなのかも知れませんね。また、村上春樹は1981年に『四月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて』というよく知られた短篇小説を書いています。これはその前年に天気予報(現在はNHKでは天気予報といわずに気象情報というのですね)に降水確率を導入したことと関係しているのではないかと私は思っています。女の子も100パーセントになったり0パーセントになったりしてしまうのですね。
 科学的な法則とは無縁であっても、日常生活のなかに確率的な世界が導入されるといった、そうした時代の思考の枠組みのなかにはしっかりと組み込まれているのだと思います。何より合理性を重んじた19世紀のリアリズム小説の発生も、ニュートン力学の一般的な普及と無縁だったとは思えません。21世紀に小説がどのようになっていくのかということは、もちろん私には分かりません。ただ、かつて文化の中心にあった和歌が、その地位を失われても、今日なお多くの人に愛好され、詠まれつづけているように、小説も19世紀、20世紀において占めていた地位を保つことは難しいとしても、一部の人々には求められ、書きつづけられていくことは間違いないと思われます。では、小説に替わる21世紀の新しい藝術はどのようなものかと聞かれれば、おそらくコンピュータと結びつくかたちで展開されるのだと思いますが、私はその方面にはまったく疎いものでよく分かりません。もしかしたらこちらが気づいていないだけで、もうそうしたものが出現しているのかも知れませんね。

細谷:パラレルワールドと量子力学の多世界解釈についてですが、私は30歳くらいの時に多世界解釈にハマり、その後離れました。理由は、(一)実証できることについてはコペンハーゲン解釈と全く同一であること、(二)「確率」を導出することはそもそもできず、どの段階かで仮定せざるを得ないということ(導出したと称する論文を読むと疑わしいものが多いです)、だからです。
 多世界解釈を例えて言うならば、私が3年前に交通事故に遭って死亡したという世界は並行して存在するけれども、生きている私がいるこの世界には何の影響も与えないのです。ただし、量子計算機の概念の発明者であるD・ドイチュはその影響は存在して実証可能だと言っているらしいのでぜひ知りたいところです。残念ながら、彼の論文は超難解です。互いに無関係の宇宙が並行して存在することは無用の複雑さを持ち込むので、よほどのメリットがない限り受け入れる気はありません。
 また、村上春樹の世界ですが、実は彼の作品を一つも読んだことがありません。全くの読まず嫌いです。プロットをあらかじめ決めないで、成り行きで展開していくなどと聞くと、まるで粘菌みたいですね。気になるのは、多くの小説家がそのような小説を多数発表する時代になると、それらを区別することも困難になるでしょうね。科学ではあり得ないことです、と言いたいところですが、科学全体もある意味でプロットなしで進んでいて粘菌化しているように思います(笑)。
 ニュートン力学が文学に影響を与えたということについては、このようなことは文字通りには受け取れません。まず、ニュートン力学が凡庸な物理学者、教師、技術者たちにも受け入れられ、有用であるために社会全体に広がったという「受容史」が必ずあるはずです。量子力学にも「受容史」がありました。それらが社会一般に受容されるためには、それなりの時代背景があったはずです。ニュートンの場合には産業革命、量子力学の場合には鉄鋼業などの新産業の勃興があったはずです。それから、そういう社会に住んでいた小説家という順番でしょう。
 文学史についていつも感じる疑問があります。私が感動した作品が一向に登場しないことです。例えば、先ほども挙げましたが、現代のイギリス人も愛読するエミリー・ブロンテの「嵐が丘」、ジェーン・オースティンの「高慢と偏見」などです。それに比すると、文学史に登場するディケンズの「オリヴァー・ツイスト」は大味です。フローベルの「ボヴァリー夫人」も読んだと記憶はあるのですが、何も残っていません。
 同じようなことは日本文学史についても言えます。いつも、漱石、鴎外が出てきますが、宮沢賢治のほうが人気があるように思います。短歌でも、藤原定家は定番ですが「見渡せば…」は老成した大家の知的遊戯のように思います。一方、早熟の和泉式部の「暗きより暗き道にぞ入ぬべき遥に照らせ山の端の月」に感動します。私は芸術の場合には、〇〇主義から外れたところに珠玉があるように思っています。

千葉:少し文学史を問題としてみたいと思います。文学史もひとつの「歴史」であって、これまで多くの読者の判断の総和のもとにかたちづくられてきた「物語」です。ですから、いうまでもなく現在の視点から文学史はつねに書き換えられております。その文学史の変更を迫る力も、読者一人一人の価値判断の総和なのでしょうね。
 細谷先生が挙げられた宮沢賢治ですが、賢治が「赤い鳥」の鈴木三重吉に自分の作品をもちこんだとき、ロシアならば受けるかもしれないが、現在の日本ではダメだねといわれたそうです。賢治が亡くなったとき、中央の文壇でその名を知っていたものは、十本の指で数えられるほどしかいなかったわけですが、現在では各教科書に採用されているので、日本人であれば賢治の作品を読んだことがないという人はいないわけですね。それほど大きく文学史は書き換えられております。箇々の読者の好みは、もちろん文学史の枠で縛ることはできませんので、ほんとうに自分が心打たれた作品は往々にして〇〇主義の枠外にあることが多いですね。そして、やがてそうした一人一人の価値判断の総和が文学史を動かしてゆくことになるのだと思います。
 結末を考えないで書く小説はまるで粘菌のようだとのご意見、まったくその通りです。20世紀の後半から賢治と同じように埋もれていた南方熊楠が再評価され、その粘菌の研究が見直されていることもそれにかかわっているのだと思います。というのは、私たちの人生において19世紀の小説世界がもつような結末が存在するかといえば、決してそんなことはありません。ひとつの事件に関してその決着ということはあるでしょうが、この人生にはどのような決着もあり得ず、その死でさえも決して自分の人生の結末だとは判断できません。まさに私たちの人生には小説的な結末などなく、粘菌が増殖してゆくように拡がってゆくといった方がリアルなのではないでしょうか。まさにポストモダンと称されるようになって以降の文化現象はすべて粘菌化しているのだと思います。村上春樹が世界中で多くの読者を獲得しているという現象の背景には、私はこうしたことも関係しているのではないかと思っています。
 日本では2000年に岩波書店から『「知」の欺瞞 ポストモダン思想における科学の濫用』として刊行されましたが、20世紀の終わり頃にアラン・ソーカルという人が自然科学の成果をふんだんに盛り込んだ論文をたくさん引用して、ほとんど内容のないようなひとつのパロディ論文を捏ち上げ、学会誌に投稿したところ見事にそれが審査を通過してしまったということがありました。この本によってそのことが暴露されて以来、人文科学や文学研究に自然科学の成果を持ち込むことに臆病になり、非常に慎重になりました。それはそれで非常に結構で、大変いいことなのですが、人文科学や文学研究などの分野に直接的に自然科学の法則を当てはめることはまずできませんし、ことに量子力学など「真に複雑な系」の科学は、難しすぎて文系の人間には手も足も出ません。ですから、そうした自然科学の法則をそのまま流用することはできませんが、しかし自然科学の法則から推測すること、アナロジーとして考えのヒントを貰うことはできます。寺田寅彦もアナロジーの天才でしたが、結局、人文科学や文学研究と自然科学が切り結ぶことができるのは、こうしたことなのではないかと思います。

細谷:文学史については、千葉先生のおっしゃる通りで、読者の批判を取り込んで常に上書きされていくように見えます。ただし、芸術一般にそうなのですが、科学と違ってギリシャ悲劇のような古典の価値は揺るがないように思います。
 ソーカル事件のことは物理学会誌でも話題になり知っていましたが、それをきっかけに文系の人たちが自然科学の結果を借用することに慎重になったことは知りませんでした。ソーカル事件の一つの側面として、専門雑誌の査読制度の限界があり、そちらの方は随分議論されたのですが(何ら改善はされませんでしたが…)、「科学的真実」が相対化されるという妙な方向に行かなければいいのですが…。
 これまでの話を振り返ってみると、私は一つの作品を念頭にして文学について語り、千葉先生は具体例を上げつつも文学作品群を語られているように思います。一つの文学作品は一回性であり個別的なので科学の対象にはならないし、科学とのアナロジーも押し進めると恣意的なものになりがちでメタファーに留めた方がいいと考えます。一方、多くの人によって繰り返し読まれたものの総体がイコール文学史であれば、科学との類似が出てきてもおかしくはないと思います。先生のお話から、どうも最近の文学は「粘菌化」しているらしいと知りました(笑)。
 文学も科学も文化の中に息づいている以上、影響し合うことは当然と思います。それが蒟蒻問答にならないようにするために、科学者の側は短い言葉で具体例をもって腑に落ちる説明をする必要があると痛感しました。寅彦ならばそれができたでしょうが、今の日本の科学者にできる人は少ないと思います。
 私なりに一つ試みてみますが、マンデルブローのsnowflakesの図が「複雑に見えるだけで実は複雑でない」理由を挙げてみます。彼はその著作の中で、図の描き方を示していますが2,3行で書けるような単純な作業の繰り返しで一見複雑な絵が描けます。したがってfractalは本質的に単純です()。

千葉:先生は文学についてひとつの作品を念頭に考え、私が作品群として語ろうとしているとのご指摘は、いわれてみるとまったくそのとおりですね。それには寺田寅彦が『物質群として見た動物群』で指摘しているように、「人間のごとき最高等な動物でも、それが多数の群集を成している場合について統計的な調査をする際には、それらの人間の個体各個の意志の自由などは無視して、その集団を単なる無機的物質の団体であると看做しても、少しも差支えのない場合が甚だ多い」と思われるからで、文学作品といった人間の創造物もその例外ではないと思うからです。ギリシャ悲劇のような古典の評価は揺るがないとおっしゃっられていますが、たしかにそうですよね。ある意味で古典とは、今日風にいえばビッグデータですよね。
 たとえば『論語』、――「子曰く、学びて時にこれを習う、亦た説(よろこ)ばしからずや。朋(とも)あり、遠方より来たる、亦た楽しからずや」などもそこに記されたことが、2500年ものあいだ実に多くの人々がみずからの体験に照らしてたしかにそうだと認められてきたから今日まで伝わったので、まさに因果律では説明できないようなビックデータですよね。こうした古典や文学作品は、そこに記された内容が真実かどうかの問題ではなく、多くの人々にとってそれが真実らしくあればよいわけですね。その内容を科学の法則に照らして真実かどうかを語ったり判断したりはできませんが、コンピュータの出現によって意識されるようになったビッグデータといったものと、一見そんなものと無縁であるかのような文学というものが接近するということは興味深いですね。

細谷:そうですね、文学作品全体がビッグデータで、その中から長い年月をかけて選び出されたものが古典である、という意味ならば私も同意します。最近もてはやされているものの例としては、携帯の位置情報などの膨大なデータをコンピュータで高速処理してcovid19の感染率などを予測するなどがあります。文学の場合は、コンピュータで短時間に処理するのではなくて、長い年月をかけて大勢の読者がゆっくり処理しているのでしょうね。

(本対談は2020年夏にメールを通して行われたものを編集しました。)

 

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