寺田寅彦の「金米糖」(KONPEITOO)
第5号では、渡辺慎介先生に「金米糖と戸田盛和先生」と題するエッセイをご執筆いただきました。
戸田盛和先生発案による金米糖製造機をめぐっての、“甘い”金米糖の“苦い”思い出話、いかがでしたでしょうか。渡辺先生が戸田先生に抱いてこられた思いが、金米糖の角のように、じわじわと膨らんでいたことがとても伝わってきます。
このエッセイの中で登場した寺田寅彦の金米糖に関する随筆には、ローマ字による「KONPEITOO」と題されたものがあります。よく知られている寅彦の「金米糖」といえば、「備忘録」という随筆中の一節として書かれた「金米糖」かと思います。本来ならば、本誌上で取り上げたかったところですが、紙面の都合上、当ホームページで紹介させていただきます。
このローマ字随筆の「KONPEITOO」は、大正9年2月19日の日記に「・・・・午後二階で少しKonpeitoを書いた。」と記されていることから、昭和6年11月の大阪朝日新聞に載った「備忘録」中の「金米糖」よりも、早い時期に書かれていたことが分かります。
せっかくの機会ですので、以下に、この「KONPEITOO」の全文を引用転載しておきます。ローマ字表記に慣れるまで多少読みにくいかと思いますが、日本語に起こした邦字表記も合わせて載せますので、比較しながら読んで頂ければと思います。
土佐の四つ仮名(じ=zi、ぢ=di、ず=zu、づ=du)を用いているところも、高知出身の寅彦らしさが表れています。土佐人はジとヂ、ズとヅを明確に区別して発音するという背景に加えて、寅彦自身も土佐なまりが脱けず、地図をチヅ、藤をフヂと発音していたことを、子息の東一氏が回想されています。
また、“偶然というものの関係して来る現象”として、金米糖を観察しているところが、後の「備忘録」中の「金米糖」にも繋がっており、更に、統計的異同のフラクチュエーションの問題が、“物質と生命の間に橋を架ける”ものとして、寅彦が考えを発展させているところは現代からみても新鮮です。
ちなみに、金米糖を旧来の手法で製造しているお店が京都に一軒だけあります。京大の側にある緑寿庵清水には、季節限定品や桐箱などもついて豊富な品がそろっています。興味のある方は、この随筆を読む傍ら味わってみるのも一興かと思います。
KONPEITOO.
KONOGORO wa Kodomo no tanosimihanbunni taberu Okwasi no Syurui ga hizyôni takusanni dekita; Doroppusu, Miruku-kyarameru, Zerii-biinsu,. . . . . . Ohoho nado to iu mono mo dekita. Wareware no Kodomo no Zibun ni kore ni sôtôsita Mono dewa Hôraimame to Konpeitô no hutatu ga atta giri ka to omou. Kwasiya de kiite miruto tikagoro wa Kyarameru nado no Seiryoku ga tuyokute Konpeitô nado wa amari urenai kara, kore wo seizôsuru Uti wa sukunakunatta sôde aru. Koredake demo nandaka zibunra wa mô Itizidai maeno Ningen da to iu yôna Ki ga site isasaka kokorobosoi sidai de aru.
Konpeitô no Kosiraekata wo kiite miru to goku zyôtôno Satô wo Nabe de tokasite oite sore ni Kesitubu wo ire Syamozi no yôna mono de kakimawasite iru to Kesitubu wo Tyûsin to site dandanni Satô ga katamari, sidaini sono Ookisa wo masite anoyôna Tuno ga dekiru sôde aru. Daitaini marui Tane wo manbennaku korogasite hitokawa dutu ôkikusite yukeba, tyôdo Yukidama wo korogasu yôni itumademo oyoso mami Katati wo usinawazu ni ôkikunarisôna mono de aru noni naze anoyôna Tuno ga dekiru de arô ka.
Sûgaku ya Buturigaku no Riron de yoku “Riyûhusoku no Genri” (Principle of insufficient reason) to iu mono wo tukatte Giron wo suru koto ga aru. Kore wo Konpeitô no Baai ni ôyôsuru to sureba tugino yôna Koto ni nari wa simai ka :—
“Konpeitô wo manbennaku subeteno Muki ni korogasu no de aru kara, sono Hyômen no doko ga tokubetuni takaku naranakereba naranai to iu Rikutu wa nai, soredakara Kekkwa wa marui Tama ni natte, Tuno nado wa dekinai Hazu de aru” to kô iu Koto ni nariwa simai ka. Sikaruni Zissai wa ano tôri takusanno Tuno ga dekiru.
Kono Tuno no dekiru Wake wa yokuyoku kenkyûsite minakereba tasikana Koto wa iwarenai ga, tabun wa tugino yôna Wake de arô to omowareru.
Tubu ga tiisai uti niwa Zentai no Ondo ga amari tigawanai de arô ga dandan ôkikunaru ni turete Tama no naka to soto, mata sotogawa demo Basyo ni yotte Ondo no husoroi ga dekiru; motoyori daitai niwa onazi yôna Ondo de attemo sono Men no ue de tokorodokoro sukosi Ondo no hikui Tokoro ga aru to soko niwa hayaku Satô ga katamari yasui node sukosi takaku naru. Takai togatta Tokoro wa hikui kubonda Tokoro yoriwa hie yasui kara masumasu tukiyasukunaru. Sôiu Zyunzyo de dandanni Tuno ga hattatu suru no de arô to omowareru.
Koredake no Riyû dewa Tuno no Kazu wa ikutu demo yoi Wake de aru ga Zissai niwa Kazu ga oyoso kimatte iru. Korewa Satô no Netu-dendôritu ya, Hinetu ya sono hoka iroirono Seisitu de kimaru de arô ga kuwasii koto wa mada wakaranu.
Tomokakumo atarimaeno kantanna Rikutu dewa, “Guzen” to iu mono no kwankeisite kuru Gensyô wo setumeisuru koto no dekinu to iu koto wa Konpeitô no Rei demo wakaru de arô.
Ima no Buturigaku dewa tokubetuni kono Hômen no Kenkyû ga mada amari hattatusite inai yôni omowareru.
(『寺田寅彦全集 文学篇 第十巻 ROOMAZI NO MAKI』岩波書店より)
続いて、邦字表記になります。
金米糖 Konpeitô
このごろは子供の楽しみ半分に食べるお菓子の種類が非常にたくさんに出来た。ドロップス、ミルク・キャラメル、ゼリー・ビーンス……、オホホなどというものも出来た。我々の子供の時分にこれに相当したものでは蓬莱豆と金米糖の二つがあったぎりかと思う。菓子屋で聞いてみると近ごろはキャラメルなどの勢力が強くて金米糖などはあまり売れないから、これを製造するは家は少なくなったそうである。これだけでもなんだか自分らはもう一時代前の人間だというような気がしていささか心細い次第である。
金米糖のこしらえ方を聞いてみるとごく上等の砂糖を鍋で溶かしておいてそれに芥子粒を入れしゃもじのようなもので掻き回していると芥子粒を中心としてだんだんに砂糖が固まり、次第にその大きさを増してあのような角が出来るそうである。大体に丸い種を満遍なく転がして一皮ずつ大きくして行けば、丁度雪玉を転がすようにいつまでもおよそ丸い形を失わずに大きくなりそうなものであるのに何故あのような角が出来るであろうか。
数学や物理学の理論でよく“理由不足の原理”(principle of insufficient reason)というものを使って議論をすることがある。これを金米糖の場合に応用するとすれば次のようなことになりはしまいか。――
「金米糖を満遍なくすべての向きに転がすのであるから、その表面のどこが特別に高くならなければならないという理屈はない、それだから結果は丸い球になって、角などは出来ないはずである」とこういうことになりはしまいか。しかるに実際はあの通りたくさんの角が出来る。
この角の出来るわけはよくよく研究してみなければ確かなことは言われないが、多分は次のようなわけであろうと思われる。
粒が小さいうちには全体の温度があまり違わないであろうが、だんだん大きくなるにつれて玉の中と外、また外側でも場所によって温度の不揃いが出来る。もとより大体には同じような温度であってもその面の上でところどころ少し温度の低い所があるとそこには早く砂糖が固まりやすいので少し高くなる。高い尖った所は低いくぼんだ所よりは冷えやすいからますますつきやすくなる。そういう順序でだんだんに角が発達するのであろうと思われる。
これだけの理由では角の数はいくつでもよいわけであるが実際には数がおよそ決まっている。これは砂糖の熱伝導率や、比熱やその外いろいろの性質で決まるであろうが詳しいことはまだ分からぬ。
ともかくも当り前の簡単な理屈では、“偶然”というものの関係して来る現象を説明することのできぬということは金米糖の例でも分かるであろう。
今の物理学では特別にこの方面の研究がまだあまり発達していないように思われる。
(『寺田寅彦全集 第九巻 随筆九 ローマ字の巻(邦字表記)』岩波書店より)