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寺田寅彦からロゲルギスト、そして現代へ続く寺田物理学の継承

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寺田寅彦からロゲルギスト、そして現代へ続く寺田物理学の継承

第9号では初田哲男先生に、「水槽から見透す数理」と題して、理化学研究所で現在研究されている魚の視細胞パターンに関する話をご紹介いただきました。また、同号の斎藤成也先生には、「この世界に多様性をあたえるモノゴト」という題で、物理の対称性の破れの話から生物遺伝子の突然変異と多様性についてのユニークな論考を展開していただきました。

両先生のエッセイは、かつて寺田寅彦が「日常身辺の物理的諸問題」(昭和6年4月)などの日常に接する物事を考えた、幾つかの随筆を通して示してきたことと繋がるものです。いわば時代を先取りした先見の明を、この“寺田物理学”はすでに発揮していたわけですが、この寅彦の視点を更に深化させたのが“ロゲルギスト”と呼ばれる人たちです。

寺田物理学を継承した寅彦門下の物理学者については、第4号や第7号で平田森三や藤原咲平を紹介し、この備忘録でも取り上げてきましたが、ロゲルギストはまだ紹介していませんでしたので、この項で少し挙げておきたいと思います。

ロゲルギストは、1951年に測定と制御を中心とした研究会にルーツをもつ物理学者集団で、そのメンバーは、近藤正夫(K)、高橋秀俊(T)、磯部孝(I)、木下是雄(K2)、近角聰信(C)、大川章哉(O)、今井功(I2)からなります。(敬称略。今井功は1962年より参加)

名前の由来は、ロゴス(言葉)とエルゴン(仕事)を合わせて作ったロゲルギークという言葉を、その研究者という意味で「ロゲルギスト」としたとあります。正確には1957年に命名され、1959年に雑誌『自然』(中央公論社)においてロゲルギストとして、メンバー各人のリレー形式でのエッセイ連載が始まり、1983年まで続きました。

この連載からまとめられた単行本『物理の散歩道』(全5巻、岩波書店)や『新物理の散歩道』(全5巻、中央公論社)は当時から好評を博しました。(現在はちくま学芸文庫から出ています。)

寅彦の時代はまだ予見であったり夢想していたような話を、ロゲルギストは談論風発的に取り上げて、道楽的に楽しんだ印象があります。そして、ロゲルギストなき現代は、そうした事柄を完全に研究者自身の本業の研究テーマとして取り組む時代になってきていると言えます。その現れが上の初田先生の理研での研究にも出ているのではないでしょうか。

その例として、時系列的に寅彦からロゲルギストといった流れで、関連した話を少し紹介してみます。

まず、初田先生の魚の視細胞パターンの研究ですが、寅彦は例えば「自然界の縞模様」(昭和8年2月)において魚類の耳石の年輪に触れており、とくに鮭の耳石の環状構造について他の模様と合わせて論じています。これがロゲルギストになると、例えば「魚はなぜ銀色か」(K2:木下是雄)による魚体の反射機構についての話だったり、「渦を忘れた魚」と「魚にまなぶ」(いずれもI2:今井功)の魚の泳ぎから流体力学(推進原理や境界層理論)を考える話など、非常にユニークな展開がなされています。

また、斎藤先生は、対称性の破れや結晶の格子欠損から生物遺伝子の突然変異や進化の多様性を考えられましたが、例えば寅彦は「物理学圏外の物理現象」(昭和7年1月)において、ガラスの割れ目や金米糖の角の数、リヒテンベルグの放電像などの、「不均等に非対称的に不連続的にしかも統計的に起こる」現象を取り上げ、これらの現象が「一躍して中央壇上に幅を利かすことがないとも限らないであろう」と語っています。そして、その視点は複雑系としての生命にも及び、例えば「春六題」(大正10年4月)や「無題」(134)(昭和10年10月)などで、生態学的な生物多様性の連鎖へもその慧眼が向けられています。さらにロゲルギストになると、例えば「ねじれた結晶を推理する」や「生物の設計」(いずれもT:高橋秀俊)において、生物に関係するラセン結晶(ねじれた結晶)には分子の非対称性や格子欠陥が背景にあるという話や、生物体には人間が生み出した技術や機械にない巧妙な設計が働いていることへの思索など、寅彦からより深く生命の内奥に迫ろうとしています。

かつて寺田寅彦が夢想し、ロゲルギストが試みていた事柄が、初田先生たちの研究のように現代にも活かされ、これから未来においても大いに実現されていくでしょう。

小誌もまた同様に、その科学随想の精神を伝承していく所存です。

寺田物理学とロゲルギスト魂に、永遠あれ!


※ロゲルギストをより詳細に知りたい方には、上の著作の他、田中月海さん(クラゲスヰツチ)が描かれた同人誌「ロゲルグスヰツチ」シリーズ(第一から第五)がお薦めです。

このシリーズには、田中さんが描かれたロゲルギスト各メンバーのイラストが満載で、雑誌『自然』で連載していた当時の雰囲気が漫画風に再現されていたり、各メンバーの顔の年代毎の推移まで描かれています。(田中さん曰く、歴史創作というジャンルで描いている都合上、一部に創作的側面はあるとのことです。)

このシリーズのほか、C氏こと近角聰信先生を単独で取り上げた「ちかずみすゐつち」シリーズや、昭和初期の物理学者を描いたシリーズなどもあります。

とくに、「よみときロゲルギスト:第四ロゲルグスヰツチ」には、各メンバーの略年譜やエッセイ全リスト(『自然』連載時も含む)が巻末にまとめられており、初出時のタイトルや年号なども記載されているので、資料としても大変貴重です。

購入を希望される方は、田中さんのツイッターにアクセスして頂くのがよいとのことです。→ @k_kurage
(「ロゲルグスヰツチ」シリーズは、第三は受注生産、第四と第五は在庫あり:2018年現在)

 

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