本日は『窮理』第23号の発売日です。
購読者の皆様や取り引きのある各書店様にはすでに届いているかと思います。
今号もどうぞよろしくお願い致します。
以下、いつものように各記事の概要を案内いたします。
「パンドラの箱」を開けてしまった重力理論研究者たち 前田恵一
70年代に学生だった前田恵一先生は、アインシュタインの相対論に魅了され進路を天体核物理学へと選んだ後、80年代以降の宇宙論研究と共に歩んでこられました。本稿は、その道程の末、現在感じられる矛盾点を述べられています。同時に、素粒子物理や弦理論など重力理論研究にまつわる発展史が描かれています。当分野を学ばれている院生や学部生の方々には是非お読み頂きたい話です。
来し方を振り返って 坂井修一
新聞や雑誌では歌詠みとして知られる坂井修一先生には、本職である情報工学の道を選び、現在まで歩んでこられた来し方を振り返って頂きました。一口に理工系といっても、専門の幅は広いものです。世界を数理的に理解できる事に安堵を覚え、一方で太宰や三島の文学に触れて文芸に目覚めていった坂井先生の人生の選択。その縦軸と横軸の交錯から漏らされる本音をお読みください。
ボルツマンのピアノ、連続と離散 稲葉 肇
稲葉肇先生には、気体運動論の立役者ボルツマンの物理学研究のスタイルとその音楽性を象徴するピアノ演奏について、興味深いエッセイをご執筆いただきました。とりわけ注目したいのは、ボルツマンがヴァイオリンを演奏する息子と合奏をしていたこと。以前、第13号で井元信之先生が取り上げた離散と連続という音楽性の垣根を越えた風景が、ボルツマン親子に垣間見られます。
徳島科学史研究会の四〇年―私的覚書 西條敏美
西條敏美先生には、郷里の徳島で科学史研究会を起ち上げられてから昨年40周年を迎えた来し方と発足の経緯について回想して頂きました。学会の成立は大学組織の存在と対をなす形で歴史では捉えられますが、研究会が学会支部となるまでの活きた話は参考になるものが多いです。これから研究グループの起ち上げを考えている方には役立つ話かと思います。(本稿の話から、英国王立協会が共同出資制で安定していた事などが想起されます。)
「哲学者の時間」の行方―アインシュタインとベルクソン 平井靖史
平井靖史先生には、アインシュタイン来日と同年に行われたベルクソンとアインシュタインのある会合での問答と、それに端を発する哲学と物理学における時間の問題について解説して頂きました。二人の知性が交わした内容への世間の誤解や、それを乗り越えるための試みが現代も持続されていること等、わかりやすく纏まっています。100年前から続く深遠な問題です。
音楽談話室(二十三)バッハ平均律は平均律にあらず 井元信之
井元信之先生の「音楽談話室」は、前回までの様々な調律法を総ざらいする形で、それぞれの調律がどう違うのか、具体例の音源も用意して頂きました(→)。本稿を通して、バッハの「平均律クラヴィーア曲集」の“平均律”は実は平均律ではないこと、そして、ピタゴラス音律・平均律・中全音律・ウェルテンペラメント、それぞれの調律の特徴がよく理解できます。
一世紀前の日本の物理学とアインシュタイン来日(二) 伊藤憲二
伊藤憲二先生のアインシュタイン来日百年連載の第2回の舞台は京都。京都講演を軸に、従来捉えられてきた相対性理論とマイケルソン=モーリー実験の最も重要な関係性について切り込みます。それは、科学理論と実験・観測の間の普遍的な連係を再考させる格好の例なのですが、一方で人間の思考過程の複雑さを示すものでもあります。100年前の京都講演にその背景が物語られます。
随筆遺産発掘(二十三)海底紀行 坪井忠二/解説:細川光洋
今回の随筆遺産発掘は、地球物理学者 坪井忠二の原点ともいえる、若かりし頃に書かれた推定初の随筆「海底紀行」。ペンネームもユニークです。軽妙な語り口の数理エッセイで知られる坪井先生の今回のキーワードは振子。『数理のめがね』をお持ちの方は、「微分方程式雑記帳」第9節を参照しながら本稿をお読みください。坪井先生のピアノと振子が共鳴します。
本読み えんたんぐる(十九)あるべきものがあるべき場所にあること 尾関 章
尾関章先生の「本読み えんたんぐる」は街の風景がテーマ。「あるべきものがあるべき場所にない」と感じるのは、最近書店数が減少している事に危機感をもつ窮理舎も同様。本稿では、このテーマに都市計画本と小説を絡ませながら、街の新たな自己組織化を期待するのですが…、その前に私たち人間はどうなるのか、疑問は千々に乱れます。
窮理逍遙(十六)ポスドクのウンルーとの出会い、お互いに「おめでとう」 佐藤文隆
佐藤文隆先生の「窮理逍遙」は、曲がった時空の量子論におけるウンルー効果でも知られるウィリアム・ウンルーとの思い出話。日本をはじめ、米国のUCバークレー、カナダのブリテイッシュ・コロンビア大など様々な場所を背景に、ホイラー研究室の出身者であるウンルーのポスドク時代からの横顔が語られます。
窮理の種(二十二)逃げゆく夢 川島禎子
川島禎子先生の「窮理の種」は、寅彦先生晩年の句を紹介いただきました。その句の謎を解く鍵は、同時期に書かれた随筆「庭の追憶」にあります。若葉が色づくこの季節に読みたい、寅彦先生の青少年期の追憶が詰まった、寺田家の庭にまつわる、切なくもあり思い出深い話です。