本日は新刊の『寺田寅彦「線香花火」「金米糖」を読む』の発行日ですので、内容について簡単な紹介など幾つか補足しておきます。

昭和2年の今日、寅彦先生は本書掲載の随筆「備忘録」を脱稿しました。当時も猛暑で30.5℃を記録。朝、原稿を渡した寅彦先生は三越で昼食に鰻めしを食し、随筆に書いたとおり、アイスクリームに温かいコーヒーで「涼味の享楽」を味わっていたようです。

では本書の案内を。

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【表紙について】

表紙には『柿の種』でお馴染みの寅彦先生自筆による猫と向日葵の絵を掲載しました。なぜ猫と向日葵かは本書の随筆「備忘録」をお読みください。

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【扉について】

扉絵も、ピアノが置いてあった応接間の絵を掲載しました。扉裏にある「三毛の墓」についても、その背景については随筆「備忘録」をお読みください。

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【口絵】

口絵には、高知県立文学館所蔵の寅彦宛漱石書簡(絵葉書)や寅彦先生の書き込みがあるルクレティウス本(英訳)などを筆頭に、金米糖製造機や角の成長写真、線香花火の火花分裂の段階写真や高速度カメラの映像など、どれも貴重な写真を掲載しています。

【「備忘録」注釈について】

随筆に注釈は不要という方もおられるようですが、先生方の解説とも関係するため、今回の「備忘録」原文にも背景となる注釈をつけております。この「備忘録」は雑誌『思想』に掲載された後、単行本『續冬彦集』に収載されましたが、その際にいくつかの箇所が改訂されました。本書では初出原文を掲載し、後に改訂された箇所がある程度わかるよう案内しています。

以下、各解説の簡単な内容紹介です。

【「寺田寅彦の科学に見られる先見性」 松下貢】

松下貢先生には、「複雑系科学の父」としての寺田寅彦の科学の特徴について、とくに本書テーマの「線香花火」と「金米糖」を中心に分かりやすく解説していただきました。複雑系科学を知らない方のためにも、この分野の代表的な概念や用語について丁寧に説明してあります。また、今年は関東大震災から百年ということで、地球物理学における地震や防災に関する研究についても触れて頂いています。

【「金米糖の研究をめぐって」 早川美徳】

早川美徳先生には、20年程前に研究室の学生さんと取り組んだ金米糖実験を振り返りつつ、その研究成果や知見を解説いただいています。写真や図も交えてあるのでイメージしやすいです。とくに注目したいのは、金米糖の角の成長に関して、松下先生の解説ではザラメから始めた初期状態に対して、早川先生はタピオカパールから始めている点です。また、金米糖は1粒ではできず、多体問題として見る点もポイントです。

【「線香花火の不思議と研究について」 井上智博】

井上智博先生には、まず線香花火の歴史や普通の花火との違い、海外での研究史などを紹介して頂きながら、寺田寅彦・中谷宇吉郎から繋がる系譜として、日本でどこまで研究が進められてきたか、そこに連なる形で新たにご自身が取り組まれた研究成果を写真とともに解説いただいています。火花の放出や分裂の仕組み、色味の理由など、数々の不思議に迫ります。井上先生のYouTube公式チャンネルには線香花火の動画ありますので、そちらも是非ご覧ください()。

【「寺田寅彦「備忘録」に見る未来への胚子」 川島禎子】

川島禎子先生には、「線香花火」「金米糖」が収められた随筆「備忘録」についての文学的解説を試みて頂きました。寺田寅彦が執筆直前に読んだばかりだったローマの詩人哲学者ルクレティウスや、師・夏目漱石の影響が垣間見られます。加えて、当時取り組んでいた連句創作や音楽活動、漱石作品も背景に暗示されているのが読み取れます。科学者・寺田寅彦に底流する文学者としての眼差しは、後の寺田物理学の展開にも欠かせない視点です。

以上の解説がより充実して理解できるよう、付録では、ローマ字文「Konpeitô」の邦字起こし(「金米糖」)や門下の福島浩氏が当時の研究背景を回想した「金平糖」、同じく門下の中谷宇吉郎氏が子供向けに書いた「科学物語 線香花火のひみつ」、寺田研究室の回想記「線香花火」を収録しています。

線香花火の研究では、科学者集団ロゲルギストのメンバーの一人、大川章哉氏が後に書かれた「花火」(初出は「花火の実験記」、『自然』1961年10月号掲載)における線香花火の観察解説があるのですが、残念ながら中谷宇吉郎氏の研究には触れられておらず、重要事項である火花成分と硝酸カリウムの関係などは見当が外れています。しかし大川氏は大雑把な観察としての見解である旨を事前に述べており、寧ろそれだけの中から導き出している洞察は鋭いものがあります。

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また、今回の略年譜は夏目漱石の背景も考慮して、前半は漱石・寅彦のパラレル形式を試みてみました。さらに、いくつかの出来事の背景となる寅彦作品も可能な限り案内しております。

最後に、本書の装丁を担当していただいた椋本サトコさんのサイト()、および本書に関係する金平糖と線香花火のお店のサイトも以下に案内しておきます(エビス堂製菓、筒井時正玩具花火製造所)。ぜひ実物の金米糖と線香花火も実際に味わってみてください。

以上、夏の夜の読書に、じっくりとお読みいただけましたら幸いです。

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松 葉 火 の 飛 ぶ 火 落 つ る 火 夏 の 果 て
金 米 糖 の 角 立 つ る 謎