本日は『窮理』第20号の発売日です。

数年に一度の寒波も押し寄せ、慌ただしい年の瀬ですが、どうぞよろしくお願い致します。

以下、いつものように各記事の概要を案内いたします。


「和食に潜むソフトマター科学」 好村滋行

巻頭の好村滋行先生には、これまで小誌で取り上げなかった料理と科学について、ご専門のソフトマターの立場からご執筆いただきました。ハーバード大の公開講座都立大時代の講演会の話を紹介して頂き、特に和食を通した科学普及については、ハモや車エビ、鰹出汁のゼラチン、胡麻豆腐等がゲル弾性の式と共に登場します。料理人と研究者の類似性も興味深い指摘です。

「辞書の効用について」 亀淵 迪

小誌には準連載的にご寄稿いただいている亀淵迪先生は、コロナ禍の籠居で思う“言葉”についてのエッセイを。大型辞書をめぐる友人の小沼通二先生との興味深い辞書物語が圧巻です。小沼先生が出遭った一編の英詩と大型辞書の効用について。本エッセイは、亀淵先生から小沼先生への祝意の文章でもあります。

「寺田寅彦と怪異」 横山泰子

怪談研究で知られる横山泰子先生には、小誌初の寅彦先生と化物研究を取り上げて頂きました。特に本稿は「怪異考」のその一で語られている土佐の「孕のジャン」をめぐる話です。前号で取り上げた宇田道隆先生や中谷宇吉郎先生も登場し、「化物の進化」へと繋がる“寺田怪異学”の壮大な研究の一端がうかがわれます。

「色についての不思議三題」 高木隆司

高木隆司先生には、日課とする海岸散歩でよく見る風景の「色についての不思議三題」をご執筆いただきました。一つは日没時の海面の夕焼の色について、もう一つはそこから派生する黒色と灰色の実体について。特に黒色は、ブラックホールに関する疑似体験としても興味深い話です。また、灰色については、同号の井元先生の連載とも関係します。

「わが国における「火災学」の系譜」 関澤 愛

火災研究をご専門とする関澤愛先生には、明治期以降の日本の火災学史を概説して頂きました。山川健次郎先生や第18号で取り上げた中村清二先生、寅彦先生も登場します。東大本郷キャンパスの内田ゴシックで知られる内田祥三氏による戦後の火災学会の発展、そして現在の課題と現状等々、特に都市防災にも触れて頂いています。地震国日本に必須で急務の対策案件です。

「音楽談話室(二十)―耳はスペアナか?」 井元信之

今回の「音楽談話室」は耳の認識について。井元先生が扇風機の羽根に当てた紙片の音から、持続音とパルス音の認識切替についての考察が始まります。人間の可聴周波数と和音の認識の謎、そこに視覚の空間分解能の話も登場し、耳と目をめぐる話は意外にも不確定関係に広がります。音の和音と色の混合。寅彦先生の「耳と目」も参考に。

「仁科芳雄と日独青年物理学者たち(五)―湯川秀樹の渡欧(前編)」 伊藤憲二

伊藤先生の仁科連載は今号から湯川先生が登場。前編の今回は湯川先生がソルベイ会議に出席するにあたっての当時の日本物理界の対応と仁科先生の助力が軸になります。この話の背景には東西の日本の物理学者の交流や当時の研究者の海外渡航の問題などが浮き彫りにされています。特に費用の問題は昔も今も…。仁科先生の奮迅の働きに注目です。

「随筆遺産発掘(二十)―南洋と浦島太郎(抄)」 日下部四郎太(解説:細川光洋)

今回の「随筆遺産発掘」は、信仰物理学者で知る人ぞ知る日下部四郎太。東北帝大草創期から教鞭をとり、地震研究で東北帝大初の帝国学士院賞も受賞しています。今回は、日下部の時間論的論考の一つを紹介しました。寅彦先生の評価どおり、日下部四郎太のルクレチウス的側面が垣間見られます。大胆と精緻を併せ持つ、一見矛盾したユニークな研究者の魅力に触れてみて下さい。

「本読み えんたんぐる(十六)―シュレーディンガー、墓標ψの重ね合わせ」 尾関 章 

今回の「本読みえんたんぐる」は、前号で細谷暁夫先生にご執筆いただいたシュレーディンガーの墓標について、尾関先生自身の体験がエンタングルします。ブルーバックスの著書『量子論の宿題は解けるか』の最終話に登場する墓標探訪までの物語。そこには細谷先生のエッセイでの写真とは異なる墓標が…。尾関先生のシュレ猫体験談をお楽しみ下さい。

「窮理逍遙(十三)―驚いたシルクの喝」 佐藤文隆

今回の「窮理逍遙」は、宇宙ゆらぎのシルク減衰で知られるジョセフ・シルクについて。ケンブリッジ大で数学を、ハーバード大で天文学を学んだシルクと佐藤先生の交流の一コマが綴られます。インフレーション宇宙と関わる原始重力波発見の騒ぎの時にシルクがとった行動などが語られます。

「窮理の種(十九)―雪子の入院」 川島禎子

今回の「窮理の種」は、寅彦忌に刊行の単行本『寺田寅彦「藤の実」を読む』の補足版とも言える話です。付録にある「雪子の日記」の背景となる、寅彦先生三女 雪子さんの怪我と入院をめぐる一句を紹介。この怪我による入院から始まる一連の出来事と偶然の問題は、寅彦先生を思いがけない連想と研究の世界へ引き込みます。