小誌で書評連載「本読みえんたんぐる」をご執筆くださっていた尾関章氏が、10月13日にお亡くなりになりました()。 謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

思えば、尾関氏と本連載の打合せを初めてしたのは神保町のカフェ・さぼうるでした。長い時間、コーヒーをお代わりしながら、書評形式についてあれこれ語り合ったことが昨日のことのように思い出されます。その結果まとまったのが、本連載の「本読みえんたんぐる」というタイトルでした。

量子情報科学では、二つの粒子のありようが遠くにあっても切り離せられずに分かちがたく結びついているとき、それを「量子もつれ(quantum entanglement)」と言い、この概念は90年代以降、量子コンピューターや量子暗号の研究で盛んになり急速に広まりました。本連載のコンセプトはこの概念にあやかって、文系理系のように縁遠く見える領域の間にも、ありとあらゆるものを“もつれ(えんたんぐる)”させてみようという話に落着したのでした。これは、文理の壁を取り払う、小誌が目指す取組みと方向性が一致するものです。ならば、折角だから尾関氏の書き溜めてきたブログをそこに活かそうということになり、本連載のスタイルが決まりました。

こうして尾関氏からは、小誌では第5号から第24号まで全20回にわたってご寄稿いただきました。追悼の意を込め、連載で陰に陽に絡めていただいた書籍をご参考までに以下順に案内します。これらの書籍群を見るだけでも、氏が新聞記者として培ってこられた関心の幅広さ、視点の多様さがわかります。尾関氏がミステリー好きだった点が垣間見られるのも微笑ましい“もつれ”です。また、氏の著書の一つである『量子論の宿題は解けるか―31人の研究者に聞く最前線報告』(講談社ブルーバックス)は現在絶版となっていますが、来年量子力学100年を迎える現在からみてもとても価値高い一冊です。


「本読み えんたんぐる(一)―19世紀の革命家、20世紀科学にもつれる」 

・『フランスの内乱』(カール・マルクス著、木下半治訳、岩波文庫)
・『天体による永遠』(オーギュスト・ブランキ著、浜本正文訳、岩波文庫)

「本読み えんたんぐる(二)―大学の在野精神を求めて「鎌倉」からミルに至る」 

・『三枝博音と鎌倉アカデミア―学問と教育の理想を求めて』(前川清治著、中公新書)
・『大学教育について』(J・S・ミル著、竹内一誠訳、岩波文庫)

「本読み えんたんぐる(三)―科学の「役立つ」をジェイン・ジェイコブズに学ぶ」 

・『枝分かれ―自然が創り出す美しいパターン3』(フィリップ・ボール著、桃井緑美子訳、ハヤカワ文庫NF)
・『壊れゆくアメリカ』(J・ジェイコブズ著、中谷和男訳、日経BP社)
・『社会的共通資本』(宇沢弘文著、岩波新書)

「本読み えんたんぐる(四)―アガサと清張、ミステリーで知る緩いシステムの妙」 

・『パディントン発4時50分』(アガサ・クリスティー著、松下祥子訳、早川書房クリスティー文庫)
・『死の発送』(松本清張著、角川文庫)

「本読み えんたんぐる(五)―進化と量子で知る人間という小さくて大きな存在」 

・『進化とは何か―ドーキンス博士の特別講義』(リチャード・ドーキンス著、吉成真由美編・訳、ハヤカワ文庫NF)
・『量子コンピュータとは何か』(ジョージ・ジョンソン著、水谷淳訳、ハヤカワ文庫NF)

「本読み えんたんぐる(六)―エコと国際―熊楠が先取りした二つのこと」 

・『南方熊楠―地球志向の比較学』(鶴見和子著、講談社学術文庫)
・『森の思想』『動と不動のコスモロジー』(中沢新一編、河出文庫「南方熊楠コレクション」シリーズ)

「本読み えんたんぐる(七)―「動物福祉」、その源流をたどって賢治に至る」 

・『アニマルウェルフェアとは何か―倫理的消費と食の安全』(枝廣淳子著、岩波ブックレット)
・『緑の政治ガイドブック―公正で持続可能な社会をつくる』(デレク・ウォール著、白井和宏訳、ちくま新書)
・『フランドン農学校の豚』(宮沢賢治著、新潮文庫『新編 風の又三郎』所収)

「本読み えんたんぐる(八)―街の起伏という微分の愉悦 タモリから荷風へ」

・『鉄道でゆく凸凹地形の旅』(今尾恵介著、朝日新書)
・『日和下駄 一名 東京散策記』(永井荷風著、同名の随筆集に所収、講談社文芸文庫)

「本読み えんたんぐる(九)―椎名麟三の近代、GAFAの脱近代」 

・「美しい女」(『深夜の酒宴・美しい女』椎名麟三著、講談社文芸文庫所収)
・『ボヴァリー夫人』(ギュスターヴ・フローベール著、芳川泰久訳、新潮文庫)
・『the four GAFA 四騎士が創り変えた世界』(スコット・ギャロウェイ著、渡会圭子訳、東洋経済新報社)

「本読み えんたんぐる(十)―科学者に二派ありまして…フンボルト・ガウス考」

・『世界の測量――ガウスとフンボルトの物語』( ダニエル・ケールマン著、瀬川裕司訳、三修社)
・『探検博物学者 フンボルト』(ピエール・ガスカール著、沖田吉穂訳、白水社)

「本読み えんたんぐる(十一)―菊池正士新書本を古書店で買い、今日的に読む」

・『原子核の世界』(菊池正士著、岩波新書)
・『科学の未来』(フリーマン・ダイソン著、はやし・はじめ、はやし・まさる共訳、みすず書房)

「本読み えんたんぐる(十二)―コロナ時代のペスト的、もしくはカミュ的状況」

・『ペスト』(アルベール・カミュ著、宮崎嶺雄訳、新潮文庫)
・『コロナの時代の僕ら』(パオロ・ジョルダーノ著、飯田亮介訳、早川書房)

「本読み えんたんぐる(十三)―月から見た地球、南極から見た国」

・『新聞記者という仕事』(柴田鉄治著、集英社新書)
・『湯川秀樹の戦争と平和―ノーベル賞科学者が遺した希望』(小沼通二著、岩波ブックレット)

「本読み えんたんぐる(十四)―実存主義と量子力学、その微妙なもつれあい」

・『実存主義とは何か―実存主義はヒューマニズムである』(ジャン–ポール・サルトル著、伊吹武彦訳、人文書院)
・『新実存主義』(マルクス・ガブリエル、廣瀬覚訳、岩波新書)

「本読み えんたんぐる(十五)―少年が大海の孤島に登場する物語は理系っぽい」

・『蠅の王』(ウィリアム・ゴールディング著、平井正穂訳、新潮文庫)
・『南の島のティオ』(池澤夏樹著、文春文庫)

「本読み えんたんぐる(十六)―シュレーディンガー、墓標ψの重ね合わせ」

・「シュレーディンガーの墓碑銘:実在と認識」(細谷暁夫著、本誌第19号)
・『量子論の宿題は解けるか―31人の研究者に聞く最前線報告』(尾関章著、講談社ブルーバックス)

「本読み えんたんぐる(十七)―宇宙は〈いま・ここ〉、夢やロマンじゃない」

・『宇宙の終わりに何が起こるのか』(ケイティ・マック著、吉田三知世訳、講談社)
・「宇宙船『地球号』の構造」(『文明の逆説――危機の時代の人間研究』立花隆著、講談社文庫所収)

「本読み えんたんぐる(十八)―メルケルとファインマンの知恵比べ」

・『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争の真実』(熊谷徹著、日経BP社)
・「ファインマン氏、ワシントンに行く―チャレンジャー号爆発事故調査のいきさつ」(『困ります、ファインマンさん』リチャード・P・ファインマン著、大貫昌子訳、岩波現代文庫所収)

「本読み えんたんぐる(十九)―あるべきものがあるべき場所にあること」

・『歴史的環境―保存と再生』(木原啓吉著、岩波新書、一九八二年刊)
・『ミス・マープル最初の事件―牧師館の殺人』(アガサ・クリスティ著、山田順子訳、創元推理文庫)

「本読み えんたんぐる(二十)―古い新書で原子力「善悪」二分論を問う」

・『原子力発電所―コールダーホール物語』(ケネス・ジェイ著、伏見康治、森一久、末田守訳、岩波新書)
・『不思議な国の原子力―日本の現状』(河合武著、角川新書)


上で案内した尾関氏のブログの最終掲載はジョージ・オーウェルで終わっています。一方で、最後の回となってしまった小誌連載の第20回目は原子力がテーマでした。これら二つのテーマは、氏から後世へのメッセージとして厳しく受け止めてまいります。

尾関氏は小誌の新連載「科学随筆U30」の講評委員としても、この企画が始まることを切望しておられました。一緒にスタートを切ることができなかったのは悔やまれますが、氏のご意志を今後もしっかり繋いでまいる所存です。