小誌で多数のエッセイをご執筆くださっていた亀淵迪先生が、11月19日夜お亡くなりになりました。 謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
亡くなられる2日前に窮理舎にお電話を頂いたばかりでしたので大変驚いております。 8月末に最新号をお送りしてから、9月に96歳の誕生日を迎えたと仰っていた矢先でした。
小誌では、創刊号から最新号まで先生にご寄稿いただいたエッセイは7本ございます。追悼の意を込め、以下順に案内します。
まず創刊号のエッセイ「プラスからゼロへ、マイナスへー冗談物理学序説」。イギリスはマン島にいる尻尾のない猫(マンクス)をめぐる冗談物理学エッセイの真骨頂です。
次に、第4号でご執筆いただいた「ガールフレンド」。5年間のロンドン滞在中に体験した、身近な英単語(片仮名語)にまつわる恥ずかしい出来事を綴ったショートエッセイです。
第6号の「アブダス サラム博士との日々(前編)」。素粒子物理学ではよく知られるノーベル賞受賞者のアブダス サラム博士との、ロンドン大学時代の回想記。前編はサラム氏の出自や経歴などが主に紹介されます。
第7号、「アブダス サラム博士との日々(後編)」。後編はサラム氏と議論したエピソードがいくつか紹介されます。物理での先が読める才能とは何か? サラム氏の“神がかった”直感のルーツである宗教観にも迫ります。
第16号、「旅の楽しみ」。昔ならではの悦ばしき列車の旅の思い出話。中谷宇吉郎・治宇二郎兄弟と同郷の先生にとって馴染み深い、彼の地を走るSL車窓の絶景とはいかに・・・。多くの著名人も魅了された景観。いわば『窮理』版「日本の車窓から」と言ってもよい紀行エッセイです。
第20号、「辞書の効用について」。先生の好きな“言葉”に関するエッセイ。友人の小沼通二先生との大型辞書をめぐるエピソードです。小沼先生が出遭った一編の英詩と大型辞書の効用が綴られます。本エッセイは、亀淵先生から小沼先生への貴重な祝意の文章でもありました。
第21号、「私の宝物(前編)」。宝物がテーマの追想記。前編は湯川先生とボーア先生から頂いた宝物について。湯川先生については、戦中戦後そして葬儀でも配られたある物が関係します。ボーア先生については、ニールス・ボーア研究所に2年間滞在中の青春のシンボルです。
第22号、「私の宝物(後編)」。後編は、バートランド・ラッセルの記念本とバイロイト祝祭劇場の座席椅子についてで、どちらも当地に行かねば入手困難な貴重な物品にまつわる思い出が語られます。最後に、前後二編をまとめた四つの宝(至宝)の行く先について案内されます。
そして最新号の第24号、「雑考―偶然と必然と」。先人たちの言葉を通して、物理・数学・哲学が縦横無尽に繰り出され、自由をめぐる人生論へと展開する、偶然と必然についての雑考随想。軽妙でありながら奥が深い亀淵エッセイの真面目です。
後半は連載に近い形でご寄稿いただいておりました。世界の名だたる物理学者たちとの交流や追想をはじめ、静かに物思う思索を綴った随想や、軽妙洒脱なエッセイまで、亀淵迪先生が小誌にご執筆された多彩な記事の9年間にわたるレビューになります。
先生との最後の電話につきましては、もう少々お時間をいただき、来年には読者の皆様にお伝えできればと思います。